迷える黒(17)
クロウの名を知ったところで、何も変わらない。クロウは黒の色神で、それ以外の何者でもない。
「九朗」
野江が笑った。同時に、都南も笑った。クロウが嬉しいと思ったのは、言うまでもない。
「身体は官府にある。イザベラの官府にいるはずだ。危険だと思う。でも、連れて行って欲しいんだ」
クロウが言うと、都南が刀を腰に挿した。何も言わずに動く準備をしている。
「野江、俺は行く。官府には紅もいるだろ。ちょうどいい。いつまでも、紅に振り回されるなんて、たまらないからな。野江はどうする?」
どうやら、都南は一緒に来てくれるようだ。クロウが口を挟むまでもなく、話は続いていく。
「あたくしも行くわ。紅を止めることが出来なかった義藤に文句を言わなくちゃいけないわ」
野江が義藤に文句を言うのは筋違いのような気がしたが、クロウは何も言わなかった。野江が一つ、心配そうに続けたからだ。
「でも、柴を残してはいけないわ」
クロウは柴を見た。未だに柴の身体の自由は利かない。これまで、イザベラの毒を受けて生き残った者はいない。解毒剤がないからだ。火の国の薬師が一流であることが、柴の命を延ばした。
「私が残ります」
ふと、声が響いた。それは、赤菊の声。赤菊は凛と響く声で告げると、野江と都南に頭を下げた。板の目を見るように頭を下げ、赤菊は謝罪するように言った。
「そもそも、私は戦いに向きません。赤丸や赤星、赤山のように強くなくとも生き残ってこられたのは、私が戦いに適さず、彼らが私を戦いから遠ざけていたからです。私は医師として、赤影と歩んできました。赤影の裏方です。私はここに残ります。戦いに適さないとはいえ、術士の力は有しています。ですから、ご安心ください。そして、お願い致します。赤丸と赤星を助けてください」
深く頭を下げた赤菊は、クロウが見てもとても儚い存在に思えた。