迷える黒(13)
これまでクロウがしてきたことの理由を説明したところで、全ては言い訳でしかない。クロウが善人か悪人か、判断するのは彼らだ。火の国の民には、クロウを処刑する理由がある。
「俺も野江に同感だ。もしかしたら、黒の色神に柴も殺されていたかもしれない。悠真も殺されていたかもしれない。戦った赤丸も、他の赤影も、殺されていたかもしれない。なぜ、俺たちを殺そうとしてきた相手を救うんだ?俺には分からない」
都南の言葉は強い。クロウは何も言えなかった。もし、クロウが彼らの立場なら、躊躇うことなく敵の命を奪っている。己に牙を向けた存在を救う理由が無いからだ。それがクロウの育った宵の国の思想だ。しかし、柴は僅かに声を荒げた。
「俺は、お前たちにそんなことを教えていない」
柴はゆっくりと言った。その声は、何よりも怒りを表していた。声色が、柴の静かに湧き上がるような怒りを表しているのだ。
「俺だって、最初は憎しみに負けそうになった。でも、彼の言葉を聞いて分かったんだ。黒の色神の独り言は、黒の色神の本質を語っている。その言葉を俺は信じる。――黒の色神は、決して私利私欲のため、火の国を滅ぼすために、ここに来たんじゃない。殺すためにここに来たんじゃない。野江、都南。黒の色神の言葉を聞け。全てを拒絶するのでなく、話を聞いて、理由を理解して、共感して、和となれ。痛みも、悲しみも、苦悩も受け入れて、一つの和となる。戦いを避けて、一緒に生きる。それが、火の国の民だろ。今のお前たちはどうだ?黒の色神を拒絶し、命を奪おうとしている。考えろ。なぜ、黒の色神がここにいるのか?俺たちの前に姿を見せたのか?俺たちに殺されることさえ、覚悟しているように思えるだろ」
柴は大きく笑った。凍りついた空気を和ませる笑いだ。その笑いが混乱した野江と都南を鎮めているのは事実だ。柴は続けた。
「野江、都南。俺たち術士は戦う力を持つ。戦う義務を持つ。火の国は平和だ。国の内部で大きな戦乱はなく、民は平和だと信じている。だが、俺たち術士は戦わなくてはならない。紅を守るため、火の国を混乱から守るため、術士の才覚に恵まれた俺たちは、戦うことを義務付けられる。戦いが嫌いだと、人を殺したくないと、殺される恐怖や殺す恐怖から逃げることを望んでいた時期もあっただろう。だが、俺たちは残った。火の国のために。火の国を救う力を持つ紅のために。いや、紅のために。紅が守る火の国のために。――俺たちは命を奪う。己の理想のために、平和な火の国の中で命を奪う力を使い続ける。だが、忘れてはならない。俺たちが持っている力は、憎しみで振り回す力ではない。一時の思いで振りかざす力ではない。一度でも感情に流されて力を使えば、俺たちの世界は変わる。今まで見ていた景色が見えなくなる。二度と、紅の横に立つことは出来なくなる。冷静になれ。俺たちの力は、赤の力は、何のためにあるんだ?赤を残酷な色に変えるな」
柴の言葉は火の国を表している。宵の国と違う。どちらが優れているとか、劣っているとか、そういう問題絵ではない。宵の国と火の国は別の国であるから、違って当然なのだ。優れたところを尊敬し、外から自らを見つめることで分かることがあるのだ。