迷える黒(10)
一間しかない部屋。彼らは男女交代で服を着替えた。身体の自由の利かない柴の着替えを手伝いながら、都南は低く言った。
「あの、異形は何だ?」
クロウは柴から離れなかった。この場では、柴だけが頼りに思えたからだ。柴は大きく笑った。
「心配するな。俺を信じろ」
都南からしたら、理由が分からない以上、納得しがたい部分もあるだろう。しかし、それを許してしまう大きさが柴にはあるのだ。柴もまた、優れた男だ。イザベラを通じて、戦ったからクロウだから分かる。戦いの力としては、野江や都南らの方が上だろう。にも関わらず、野江と都南は柴を頼っている。全ては、この大きさだ。クロウでさえ、この大きさを持つ柴と一緒にいると安心するのだ。
囲炉裏の火で部屋は暖かくなった。壁にもたれるように柴は座り、薬師葉乃の近くに赤菊が座っていた。柴は一つ笑い、話し始めた。その声は、毒の影響によるものか、少し彼嗄れ、弱弱しかった。それでも、一片の強さを持つのは、柴が一流の術士であり、野江や都南を導く力を持つ者だからだろう。
「俺は、火の国全土を旅していた。それは、お前たちも知っているだろ。そんな俺に、紅から連絡が入った。戻って来いと。そもそも、必要があれば戻る。その約束だったから俺は紅城に戻ることにした。都に着くと、妙に良い匂いがしてな、腹が減っていた俺は偶然にも団子屋に立ち寄った。そうだ、あの団子屋だ。団子屋に入って団子を食べていると、奇妙な二人組みが入店してな。一見すると、犬を連れた小猿のような若者だが、色が違った。俺が加工師として優れているのは、お前たちより目が良いからだ。人が持つ一色を見るのが得意だからだ。色が違う二人を見て俺は、二人が紅と関わっていると思った。術士の犬なんてありえない。犬の色が燈に近いから、おそらく術士の一人だ。俺が初めて見る色。赤影ってところだろう、と俺は踏んだ。俺が知らない術士は赤影ぐらいなものだ。ということは、犬は護衛。護衛がついているということは、何かしらの危険があるということだ。――俺が、小猿の方に逃げるように言っているとき、黒が迫ってきた。異形の者だ。俺は、犬と一緒に戦ったが、勝つことは出来なかった。犬と俺は深手を負い、異形の者は小猿を連れて飛び立ち、俺は反射的に異形の者にしがみついた。小猿が何者か知らないが、赤影が護衛につくような存在であり、珍しい色を持つ存在だ。しがみついた俺と犬は、空中で再度、異形の者と戦い森の中の川に落ちた。――何かしらの毒を盛られたと分かったのは、その時ぐらいだ。身体の自由が利かなくなった。このまま死ぬのかと思ったとき、俺はもう一つの色を見た。赤の色を持つ二人だ。一人は赤菊。もう一人は赤丸だ。そして俺は確信した。小猿を守るべく、紅が赤影を動かしたのだとな。ならば、俺の行動は間違っていなかった。赤影の数が少ないことは、さすがの俺でも知っている。紅はそんな赤影を動かし、危険を承知で小猿を守ろうとした。小猿は赤影か?そんなことはない。赤影ならば、己の身ぐらい守れるはずで、俺のことも知っているはずだ。俺の身体は動かず、声を発することも出来なかった。それでも、耳は聞こえていたし、意識もあった。だが、いずれ死ぬのだろうということは分かった。医学の心得がある赤菊が、俺と犬の死を覚悟していたからだ。毒を解毒するには薬師が必要だと。そんな俺たちを救ってくれたのが、そこにいる薬師葉乃だ。どうやら、彼女は術士らしい。赤菊が言っていたからな。教えたのは赤丸だろう。こうやって、何とか命を繋いだ俺たちだが、再度異形の者の襲撃を受けた。その時は、目が開くようになっていたから、異形の者の姿をしかと捉えた。そして、戦う赤丸の姿を。赤丸は、赤菊に逃げるよう命じた。小猿……悠真だな、悠真と俺を救うように。燈の使い手の犬が熊の身体に入り、俺たちを運んだ。あの場所までだ。――赤丸は優れた術士だ。だが、暴走した異形の者に勝てる保証は無い。犬も残されている。その時だ、悠真が赤菊を攻撃したのは。悠真は、赤丸を助けに戻ったんだ。後はどうなったか分からないが、紅から連絡があったんだろ。悠真が無事だと。悠真は赤影と共に暴走した異形の者に連れ去られた。そういったところだろう」