迷える黒(9)
十分ほど進んだ先に、古びた小屋があった。最近まで使われていただろう小屋だ。埃が満ちた小屋に入ると、都南が薬師を板間の上に寝かせた。馬を軒下に繋ぐと、彼らは濡れた体で小屋に入った。野江と都南は濡れた赤い羽織を脱ぐと、土間で絞り始めた。気温はそれほど低くないが、長時間雨に打たれると体温を奪われる。
赤菊は靴を脱ぐと、埃の積もった板間に上がり、戸棚から布を出した。タオルにしては、毛羽立ってない。
「少し古いですが、使えるはずです」
そして赤菊は戸棚を開き、火打石を取り出すと、慣れた手つきで囲炉裏に火をつけた。慣れた様子で、土間から藁を取り、墨を出し、火をつけているのだ。赤菊は、この場に来たことがある。それが明らかだった。
赤菊は自らの身体を拭く前に、薬師の髪を拭いていた。そしてタンスから灰色の着物を数枚取りだした。それは、野江や都南がきている着物とは異なる。赤丸が着ていた機動力に優れた着物だ。
「それは……」
都南が言った。赤菊は板間に正座し、深く頭を下げた。
「私は、禁を犯しました。自らの正体を教えることに繋がる場所に、他人を導き、そして助けを求めているのですから」
赤菊は一つ、間をおいて言った。
「お二人は、私のことを初めて知ったことでしょう。ですが、私はお二人をずっと前から知っていました。だからこそ、信じて助けを求めます」
都南が赤菊に言った。
「赤影か……」
赤菊はさらに頭を下げた。
「裏の世界の住人である私が、表の世界のお二人に言葉をかけることは許されない行為。ですが、私は助けを求めます。――私の名は、赤菊。おっしゃるとおり、赤影の一員です。紅に命じられ、赤丸と共に悠真の救出に向かいました」
赤菊がそこまで言うと、柴が割り込んだ。
「ここから先は、俺が話そう。立場上、赤菊の口では話しにくいこともあるだろう。俺が見て、俺が聞いたことなら、赤菊の立場が揺るぐこともない」
柴が大きく笑い、言った。
「先に、着替えないか?さすがの俺も、風邪を引きそうだ」
大きな笑いが冷えた場所に温もりを与える。柴とは、そういう人だ。