迷える黒(7)
柴と赤星を攻撃した時、クロウは毒を使った。即効性は無いが、時間が経つと命を落とすような毒だ。解毒できるのもイザベラのみ。つまり、クロウのみなのだ。神経を麻痺させ、身体の自由を奪う毒。悠真を確実に捕らえるために使ったのだ。今まで、解毒できる薬があると思っていなかった。薬師は、類稀な知識と実力を持った確かな存在だ。クロウは、赤丸に毒を使わなかったことに安堵した。赤丸を死なせることは出来ないのだから。
都南は背の高い男だが、それ以上に大柄と思われる柴を背負うと馬の背に乗せた。身体の自由が利かない柴は、洗濯物のように馬の背に引っかかっていた。
「がさつな扱いをしてすまない」
都南は柴に謝っていた。どうやら、立場的には都南よりも柴の方が上のようだ。都南は柴を乗せた馬の手綱を野江に渡すと、赤菊を抱きかかえようとした。すると、他人から触れられたためか、赤菊も目を覚まし、瞬時に後ろへ飛びのき、都南と距離を取った。赤菊は怯えたように、野江と都南を見つめ、二人であることに気づいたのか一つ息を吐いた。
「大丈夫です」
赤菊は言い、残るは薬師だけとなった。薬師は軽いようで、都南は軽々と抱きかかえた。
クロウは柴の懐に隠れながら、赤菊に目を向けた。彼女は混乱している。何が起こったのか、必死に整理しているのだ。そして彼女は少しずつ、野江や都南と距離を取り始めた。逃げるつもりなのだ。クロウは赤菊の行動を見て思った。赤菊は逃げて、一人で動くつもりなのだ。悠真は、クロウの前に姿を見せたとき、赤菊には眠ってもらったと言っていた。つまり、赤菊は悠真に不意打ちを受けたのだ。受けた不意打ちの結果、状況理解に困惑しているのだろう。
「どこへ行くつもりかしら?」
野江が馬を引き歩きながら、少しずつ歩く速さを遅くしている赤菊に、振り返ることなく言った。
「あたくしは、貴方たちのことを信じていなくてよ。こんな森の奥で、傷ついた柴と一緒にいて、悠真はここにいなくて、一体何があったのか、あたくしには何が何だかまったく分からないの。それでも、あたくしはあなたと一緒にいるのよ。状況を理解するためにね」
雨に打たれながら馬を引く野江の言葉は、とても強かった。