迷える黒(6)
野江と都南は混乱している。小さき異形の者が仲間の柴の近くにいること。そして、小さき異形の者が言葉を発し、その上、野江と都南の名を口にした。混乱するのは当然だ。しかし、都南が素早く思考を切り替えた。彼は刀の切っ先をクロウに向けた。クロウは必死に身を動かし、先までクロウがいたところに刀の先は刺さっていた。次は逃げられないだろう。
「話を聞いてくれ、野江、都南」
クロウは野江と都南を呼んだ。しかし、彼らはクロウを信じようとしない。当然だ。クロウは異形の者であり、紅の敵であるのだから。
クロウは身を守るために柴の身体の近くに寄った。柴の着物の袖口に半身を隠した。彼らも仲間は攻撃できまい。
「何なの?」
野江は困惑していた。それでも、野江の手は紅の石に触れている。野江が優れた術士であることは、クロウでも知っている。強大な力と術を使う天性の才覚を野江は持っている。野江なら、柴の着物の下に隠れているクロウだけを狙い撃ちすることが出来るかもしれない。
クロウは柴の着物の袖の中に身を潜めていた。すると、ゆっくりとクロウの世界が動いた。いや、世界が動いたのではなく、クロウが隠れている柴の着物の袖が動いたのだと気づいたのは、少し後のことだ。
柴の着物はゆっくりと動き、クロウは完全に隠されてしまった。すぐ後に、低い声が響いた。
「落ち着け」
その声に、クロウは聞き覚えがあった。
――柴
野江と都南は同時にその名を口にした。それは、クロウも同様だ。昏倒していると思っていた柴が目を覚まし、突然クロウを擁護したのだ。柴の行動はクロウを守るものだ。
「落ち着け、野江、都南。敵じゃない」
柴はもう一度言うと、再び手を動かしクロウを外に出した。
「柴、一体……」
野江は身を乗り出し、泥で着物が汚れるのを気にすることなく柴の横に膝をついた。柴は身を起こすこともせず、泥に顔を伏せたまま野江に言った。
「悪い、身体の自由があまり利かないんだ。少しずつ、動けるようにはなったが、大したことは出来ない。都南、起こしてくれるか?」
柴に呼ばれ、都南は困惑しながら柴の身体を起こした。
「彼女たちも頼む。命の恩人なんだ」
柴はとても大きく笑い、苦労は柴の懐に身を隠した。男の懐に隠れるような趣味は無いが、とりあえずは柴の近くにいた方が安全だ。何を思ったのか、柴はクロウを庇ったのだから。柴は低い声で言った。
「黒の色神殿。もう、戦うつもりは無いのでしょう?」
柴はクロウの正体を見抜いていた。クロウは答えた。
「争うつもりは無い。むしろ、助けを請うているのはこちらの方だ」
クロウは柴に救われたのだ。