藤色の守護者(22)
可那は足を進めた。その間、異形の者と出くわすことも、他に残った官吏に出くわすことも無かった。皆、非難を終えたのだろう。義藤はそんなことを考えていた。
「ここよ」
可那は一つ言うと、足早に進み、引き戸を開いた。
「源三様」
可那が響く声で名を呼ぶと、豪快に扉を開いた。
――藤色。
義藤が目にしたのは、そんな光景だった。
部屋の中央に、老人が座っていた。白髪に白い髭を蓄え、痩せた老人であるのに威厳は失われていない。
「可那」
老人は振り返り、義藤らの姿を認めたのか戸惑ったかのように目を見開いた。
「源三様、お怪我は?」
可那は慌しく、源三に駆け寄っていた。痩せた老人は皺の深い表情で笑った。
「問題ない。なぜ、戻ってきたのだ?」
源三は穏やかな口調で尋ねた。これまで出会ってきた、誰とも違う空気を源三は持っていた。
「源三様は残っているだろうと思って……」
慌しく動く可那が俯いていた。
「ありがとう、可那。この場から逃げることは出来ぬ。待ち人が来るかもしれないからな。それで、葉乃はどうしている?」
異形の者が攻めてきた、そんな状況で源三は他者を案じていた。それは、可那も同じだ。源三を案じている。官府の中にある殺伐とした雰囲気と異なる空気がここにあった。
「葉乃は元気でした」
可那が言うと、源三は満足そうに笑った。何ともいえない温かい空気が心地よくて、義藤は大きく息を吸い込んだ。それに、心地よいのは源三の雰囲気だけでない。この部屋に藤色が多いからだ。
何より義藤の目を引いたのは、幾枚もの絵であった。藤色を貴重とした絵は、絵師の手法が伺える。赤が高貴な火の国で、絵の具も赤色を自由に使えない。その中で、絵師は見事に書き綴っているのだ。赤の代わりに使われているのは藤色だ。描かれた女性の頬は薄い藤色で塗られ、唇は淡い藤色。赤でないのに、少しも疑問を覚えない。絵の端に描かれた名は……
――藤月
絵師の正体を義藤が知るはずも無い。そもそも芸術に興味などないのだから。