藤色の守護者(19)
嘘に嘘を重ねても、何の答えもない。嘘の言葉は他者と距離をつくる。出来るなら、嘘などつかないほうが良い。
「どこかへ逃げ出した」
義藤は一つ息を吐いた。名を尋ねられたら、寿和の名を出そうと思っていたが、その必要もなかった。なぜか、可那はそんな嘘を信じたのだ。
「藤丸も早く逃げないと……。術士でなければ、異形の者と戦うことなんて出来ないでしょ」
慌しく可那は風呂敷を取り出し、いくつかの書物を包み始めた。慌てるのが性分なのか、慌てるから何度も書物を取り落としていた。小柄で慌しく動く。その仕草は鶴蔵とは別の種類の小動物のようであった。今まで見たことが無い動きは、義藤を戸惑わせるには十分だった。それでも、義藤の手は自然と散らばった書物に伸びていた。
集める書物の題名を見ると「火の国創世」や「色神と歩む」など、神話的なものが多かった。色褪せた書物は、かなりの年代物で歴史を語る上でも重要そうなものだ。残念なことに、義藤は歴史にあまり興味が無いのだが……。義藤の兄「忠藤」ならば興味を示しそうなものばかりであった。
「ごめん、ごめん。助かったわ」
慌しく集めるその手つきが信じられなくて、義藤はそっと手を伸ばして可那の手から風呂敷と書物を預かった。歴史的な書物に興味が無くとも、それが義藤の性分なのだから仕方ない。
義藤はゆっくりと、それでも手際よく書物を集めると、風呂敷に包んだ。書物を包むときの包み方は決まっている。
「藤丸って、雇われ護衛なのに、すごく几帳面なのね」
既に手を出すことを止めた可那が早口で言った。
義藤は言われて包んだ風呂敷を持った。可那の言葉に義藤の脳裏に忠藤の姿が思い出された。知的で、歴史や芸術が好きなのに、物事に関しては無関心や適当なことが多い。それが忠藤だ。だからきっと、忠藤ならば適当に重ねて、適当に括って運ぶのだろう。自分でも嫌になるくらい几帳面なのは、義藤の十八番だ。
「褒められているのか、けなされているのか分からないがな」
義藤は包まれた風呂敷を持って紅の元へと足を進めた。