藤色の守護者(16)
義藤は紅と秋幸とともに官府の中を進んだ。残っている者はいない。いないのか、見つけられないのか分からない。しかし、人の気配があった。どこかに、人の気配があった。
「ねえ!」
微かに声が響いた。義藤は足を止め、刀の柄を握り締めた。
「ねえ!」
叫ぶ声は女性のもの。女性の甲高い声が呼んでいる。
「紅」
義藤は紅を呼び、紅は頷いた。
「秋幸、少し紅と待っていてくれ」
義藤は後ろを歩く秋幸に言うと、紅から離れて声の方へ進んだ。離れている間に、紅に危険が及ぶかもしれない。その不安はあったが、義藤は声の元へいくことを選んだ。秋幸は優れた術士だ。同時に、今、官府にいるだろう敵は異形の者。異形の者の気配は未だはなれたところにある。すぐには襲ってこないだろう。
物が散乱した廊下を歩いていると、物が溢れる一室で、倒れた棚の下でもがく女性を見つけた。腰から下を棚に潰され、腕で身体を起こして逃げ出そうともがいている。女性は義藤の姿を認めると、安心したように笑った。
「大丈夫か?」
義藤は女性に近づいた。小柄な女性だ。義藤は棚の下に手入れると、力いっぱい持ち上げ棚を浮かせ、その間に女性は棚の下から這い出してきた。
「怪我は無いか?」
義藤が問うと女性は笑った。
「問題ないよ。ありがとう、助かったよ」
跳ねるように、早口で話す女性を見て義藤は安堵した。手を差し出して、女性が立ち上がるのに手を貸しながら、義藤は女性に対して不信感を抱いた。この部屋は一人の部屋では無いだろう。異形の者が現れて、すぐに棚が倒れたのなら、誰かが助けるはずだ。官吏が非情は存在で、彼女を見捨てたとして、彼女は「ねえ」と仲間を呼ぶだろうか。彼女は、人がいないことを知り、その上で万一の可能性にかけて呼んでいたのだ。誰もいないと知りつつ呼ぶ。人が残っていないことを知っているように思えるのだ。
「まだ、残っていた人がいたなんて。あなたも、私と同じように戻ってきた口?」
彼女は唐突に言った。義藤はその理由が分からない。
――異形の者がいると知りつつ、戻ってきた。
彼女の行動は、そのように捉えられる。
何のため?
義藤は彼女に対して疑念を抱いた。それは、彼女も同じらしい。義藤が帯刀していることに気づいたのだ。