藤色の守護者(12)
その場は、地獄絵図のようだった。自慢でないが、義藤は下村登一の乱の場にいなかった。赤い夜の戦いで四人の隠れ術師に敗れ、深手を負い、赤丸と表と裏を入れ替わっていたのだ。それからしばらく、寝込んでいたため、義藤の仕事は赤丸が行っていた。だから、義藤は、異形の者が暴れた後の光景を知らない。表に戻った時、すでに争いの跡は消されていたのだから。
今回、暴走した異形の者が残した爪痕はすさまじいものであった。ここに紅がいたから、異形の者を逃がしたから、被害はこの程度で済んだのかもしれない。破壊された建物、突き出た梁、ところどころ燃える炎。落ちた天井、強大な力の衝突が、これほどまでの破壊を生み出すとは、義藤は想像だにしていなかった。
「恐ろしい力だ」
義藤は思わず呟きながら、青の石の力を発動した。建物の中で降った雨は、炎を消し去り、水蒸気を空へ舞い上げた。
「青の石なら、秋幸に使わせればいいのに」
紅が一言、文句を言い、義藤は溜め息をついた。確かに、秋幸は優れた術士だ。青の石との相性も良い。分かっていても、秋幸に術士として敗北を認めるようで、義藤は納得できなかったのだ。
――まだまだ、俺は鍛錬が足りない。
義藤は己の心を制御するように、言い聞かせ、懐から丁寧に折りたたまれた手拭いを取り出した。広げて濡れた顔を拭けば、歌舞伎者「藤丸」の化粧が流れ落ちる。今、義藤は義藤に戻ったのだ。
厄介なことになったのは事実だ。異形の者は暴走し、黒の色神から切り離されている。義藤らが異形の者を押さえつけようと無理に戦えば、皺寄せは黒の色神にいく。術士が術を使いすぎる先にあるもの、それは死だ。色神も同じ。異形の者が暴走に任せて力を使えば、黒の色神は死ぬ。黒の色神が死ねば異形の者は消えるだろうが、紅はそれを許したりしない。もちろん、義藤も誰かの死の上に立つのは嫌だった。色神とはいえ元は人間。紅が同じようになるのは嫌だから、義藤は黒の色神を殺して動きを止めようという考えに結びつかないのだ。
「お前は優しいな」
紅が義藤の横に立ち、小さな声で囁いた。優しさなどではない。これは、義藤の弱さだ。
「その優しさが私を孤独な海から引き上げる」
紅の小さな手が、そっと義藤の腕に触れ、離れた。青の石の力で発せられた雨に濡れた紅は、いつもより美しく義藤の目に写った。