藤色の守護者(11)
義藤は異形の者の身体を狙い、秋幸と紅が首を押さえつけていた。なのに、異形の者は見る見る巨大になっていくのだ。その力は、僅か三人では収束させることが出来ないほどだ。
「黒の色神を喰うつもりか!」
紅が異形の者に叫んでいた。
「私たちとはいえ、力を無尽蔵に使えるわけではない。そのまま、お前が力を使い続ければ、黒の色神は死ぬぞ!」
無謀なことだ。紅は異形の者に叫んでいた。異形の者は、その心さえ失っているのだ。主を守るという、基本的なことさえ、忘れているのだ。守るべきはずの主を、己の手で殺すなど、恐ろしいことだ。
「黒の色神を、己の主人を殺すつもりか!」
紅が叫び、赤い力を発動した。義藤も刀を抜いて走り出した。しかし、赤と黒の渦に阻まれ、近づくことができない。術の渦の中で力は入り乱れているのだ。何とかしなくてはならない。義藤は己に言い聞かせて、青の石の力を発動し、渦の中に入ろうとした。体が水で濡れ、水が義藤を守ろうとしていたが、青の石の使い手でない義藤にそれほどの力はない。ずぶぬれで、弾き飛ばされただけだった。
紅と秋幸の赤い力さえ異形の者は喰っていた。醜悪に膨れ上がった異形の者は、紅を喰おうとしているように見えた。
「これ以上戦うと、黒の色神がもたないな」
紅が低く言い、ゆっくりと赤い力を緩め始めた。
「紅?」
紅が突発的な行動をとることはいつものことで、その行動に義藤は幾度となく振り回されていた。今、紅は何を考えているのだろうか。黒の色神を救うために、易々と異形の者を逃がすつもりなのか。義藤には理解できない。もし、紅の考えの先に模範解答があるとして、義藤は何が正解なのか理解できないのだ。
「義藤、秋幸。もう終わりだ」
ひとつ、紅は言った。
「これ以上戦うと、黒の色神が命を失う。異形の者も馬鹿じゃない。己の主を喰ってまで、早急に火の国を滅ぼしたりしないだろう」
紅の言葉は揺るがない。その言葉に、義藤が逆らうことができるはずがない。もちろん、秋幸も同様だ。義藤も秋幸も紅のもつ鮮烈な赤に惹かれているのだから。
赤は徐々に鎮まった。赤を乗り越えた黒は逃げるように空を舞った。火の国を占拠したことを証明するように、火の国で生きる義藤らを見下すように、火の国の色神である紅を踏みつけるように、官府の上へ上へと昇って行ったのだ。
「逃げてはいないさ。あいつは、官府の頂上にいる。任せろ、赤。何とかするさ」
紅は一人、呟いた。その声の先に、「赤」がいるに違いない。色神しか会う事の出来ない「赤」がいるに違いないのだ。