藤色の守護者(5)
秋幸は思いのほかすぐに見つかった。しかし、紅の石の力を辿らなければ、見つからなかっただろう。それだけ官府の作りは紅城と異なるのだ。途中、官吏に出くわして不信な向けられたが、誰からもとがめられることは無かった。多くの人数が働く官府だからこそ、人の顔や名を把握していないのだ。それに、堂々として入ればそこにいて当然なように見られるものだ。挙動不審になるほど怪しい。人として、当然の心理だ。その点、絶対的自信を持った紅の姿は、挙動不審の欠片もなく、ここにいて当然の人のように感じさせられる。よもや、官府と敵対する赤の色神紅が官府の内部にいるなどとは、誰も思いもしないだろうから。
これが今の紅の強さであり、火の国を率いる色神の力なのだ。
秋幸は官吏のように廊下に立っていた。
「秋幸、一人で寂しくなかったか?」
紅がそんな冗談を言いながら紅に歩み寄った。
「いえ、ただ思いのほか官吏の方々は俺に対して無関心なので。警備の件で不安を覚えたぐらいです。それに、以前天井裏を通って進入したときと比べて、少し雰囲気が異なるような気がして……何が違うのか考えていて、なんとなく分かったんです」
秋幸は辺りを見渡していた。そんな秋幸に紅は尋ねた。
「何が違うんだ?」
紅にとって、それは自然は問いであった。しかし、返答される答えは想像と異なる。
「めっきりいないんですよ」
秋幸は言った。
「誰がだ?」
紅は問い返した。
「俺が、官府に侵入していたときに、目をつけていた紅よりの人たちですよ・源三という名の官吏とその下についている官吏たちです。源三を見かけずとも、彼の派閥は誰かしら見かけても可笑しくない。これだけの官吏がいるのに、一人もいないんです」
紅が笑い、そして微笑んだ。何とも不敵で、何とも強い笑いだ。
「それは何とも、困ったものだな。僅かな間に、官吏の世界にも派閥争いがあったということだろうな」
紅は秋幸の背を叩いた。
「心配するな。何とかなるさ」
紅は不敵に笑っていた。そして秋幸は言った。
「小さき異形の者は上へと逃げました。大体の方向は見ています。追いますか?」
秋幸が言うと、紅は頷いた。
「そうだな」
義藤はそんな紅を見て、安心した。紅は赤の色神だ。もちろん、元を辿れば只の人間。義藤と何の変わりもない。しかし、赤の色神であるというだけで、過剰な期待を掛けられるのも事実。弱い姿は極力見せないほうが良い。紅の不安は自然の赤の仲間にも移る。野江ら長年の仲間なら未だしも、出会って日の浅い秋幸であれば不安を覚えないわけが無い。今の紅は自身に溢れている。強く、揺ぎ無い姿は、義藤がいつも見ている紅の後姿だ。義藤は、ただ、黙って彼女の後ろを歩くだけだ。彼女の後ろを歩き、そっと彼女の隣に座る。それ以上でも、それ以下でもない。