藤色の守護者(3)
小部屋の中、立ち去る瑞江寿和を見送った直後、義藤と紅は廊下へと飛び出した。このまま瑞江寿和が一緒にいては自由に動くことが出来ないのだから。廊下へ飛び出した義藤と紅は、同時に走り出し一つ角を曲がったところで速さを緩めた。
「何があった?」
義藤は前を歩く紅の斜め後ろで、彼女に尋ねた。紅の機嫌はすこぶる悪い。機嫌の悪い紅は、廊下の先を一点に見つめ、足を動かしている。足音が大きく響き渡っていると思えるほどだ。
「黒の色神が動き始めた。私たちに監視をつけてな。それに私は気づくことが出来なかった。それが情けない。赤丸が気づき、野江や都南らには伝えたが、どれも逃げられたらしい」
どかどか、と歩く不機嫌な紅の斜め後ろを歩きながら、義藤は一つ息を吐いた。
「心配するな。俺も気づかなかった。相手は黒の色神だ。一筋縄ではいかないさ」
義藤は言ったものの、赤丸が監視に気づいたという事実が義藤を追い詰めていた。義藤も気づかなかった。紅も気づかなかった。野江や都南も気づかなかった。なのに、赤丸は気づいた。どれほど、赤丸は義藤の前を歩けば満足するのか、そう嫉妬するほどだ。
「黒の色神が本気で火の国を喰うつもりならば、私ものんびりはしていられない。大きな戦いになる。それでも、私は火の国を無条件に明け渡すことは出来ないんだ。この国は火の国で生きる民の国であり、赤が己の色を象徴できる唯一の国だから。火の国が失われれば、赤は居場所を失ってしまうからな。私は負けられない」
紅は強く言い放ったが、確証が無いことは紅自身が理解しているのだろう。いつもに比べて、声の張りが無かった。
「紅……」
義藤は紅を呼び止めた。直後、紅は突如足を止めた。足を止めたのは、義藤が呼び止めたからではなく、何かを聞いたからだ。
「黒の奴め」
紅は突如駆け出し、窓の外を見た。
「紅?」
窓枠から身を乗り出し外を見る紅を義藤は呼び止めた。
「赤丸。無理をするな」
紅が数珠に向かって言っていた。
「無理をするな。お前は……」
そこまで言うと、紅は窓枠を叩いた。そして頭をぐしゃぐしゃに掻いた。
「ああ、もう!」
紅は窓枠にしがみつくように蹲った。そして、壁を数度強く叩いた。紅が何かに苛立っているのは明らかで、同時に紅の小さな背中が不安に震えていた。怒りと不安で小さく震える紅の背中を見ているのが辛くて、義藤はそっと紅の背に手を触れた。
「紅」
呼ぶと紅は振り返り、義藤の首にしがみついた。義藤は紅を抱きしめることも出来ず、義藤の首にしがみつく紅の肩の辺りで手をわなわなと動かすことしか出来なかった。ただ、紅の温もりがとても愛おしく感じたのだ。
「紅」
義藤は紅の名を呼ぶことしか出来なかった。