藤色の守護者(1)
義藤は紅の表情が一変したことを見逃さなかった。目の前を歩くのは瑞江寿和。歌舞伎者藤丸に変じた義藤は、紅が義藤に何を求めているのか即座に理解した。寿和はこの場に紅がいることを知らない。藤丸が義藤であることを知らない。だから、義藤は寿和の前に足を進めた。
「それで、寿和殿」
寿和は前に躍り出た義藤に行動に戸惑ったのか、足を止めた。意気揚々と、義藤らを案内していたのだから、何か無礼でもしたのかもしれない、と気を張っているようであった。義藤に寿和への用事など無い。目的は寿和の注意を己に近づけることだ。紅が自由に動けるような舞台を作り出すことだ。
「はあ、どうかなさいましたか?」
寿和は顎をさすりながら答えた。義藤は横目で紅の行動を見ながら、寿和をひきつけるために適当なことを言った。
「あの、置物は何だ?」
義藤は適当な置物を指差した。それは、熊だか犬だか分からない木彫りの置物だ。すると、寿和は目を見開き手を叩いた。
「さすが藤丸殿。御眼が高い」
寿和は意気揚々と説明を始めた。何でも、その置物は北の工芸品で、職人が時間をかけて作るものだと、そんなことを言っていた。義藤は右から左へその話を聞き流しながら、
横目で紅の行動を見守った。
紅はひっそりと紅の石を使い、黒い小さな異形の者を押さえつけていた。同時に、紅は数珠のようにつなげた紅の石に何かを語りかけていた。
――異形の者。
その存在に、義藤は息を呑んだ。まるで、紅を見張っているようなのだ。そう、黒の色神は紅の存在に気づき、紅の行動を監視しているのだ。
――黒はすぐそこまで来ている。
義藤は目を背けたくなるような現実を目の当たりにしたのだ。義藤の心を掻き乱したのは、黒の色神が迫っているということだけではない。黒の色神が放った監視に、己が気づくことが出来なかったことも、義藤の心を掻き乱す理由の一つであった。
――実力の差は歴然としている。
義藤は、黒の色神が放った監視に気づくことさえ出来ないのだ。その事実が悔しくて、情けなかった。
「藤丸殿。工芸に興味がおありで?ならば、この瑞江の集めた物をお見せしますぞ」
義藤が少しも興味の無い話を、瑞江寿和は進めていた。