赤と異形の者と官府(12)
悠真は黒の色神を助けたかった。無力な小猿であっても、紅と同じ色神である黒の色神を救いたかった。黒の色神が術士の男や犬や赤丸を傷つけたとしても、この先紅の敵になるとしても、悠真は黒の色神を救いたかった。このまま異形の者を暴走させることは出来ない。その思い以上に、悠真は黒の色神を救いたかったのだ。
(また、俺は何の出来ないのかな?)
悠真は心の中で呟いた。もう、声も出ない。
このままだったら、黒の色神はどうなるのか?
異形の者はどうなるのか?
そして、火の国はどうなるのか?
悠真は黒の濁流に飲まれて、落ちていった。地に倒れたが、衝撃はあまり感じなかった。
悠真はあっさりと意識を手放してしまったのだから。
全身が痛んだ。関節の節々が痛み、息が苦しかった。海に溺れた時のようだったが、体が動かないことが溺れた時とは違う。体が冷たい。頭が痛い。体は冷たいのに、焼けるよう内臓が熱い。
何が起こったのか、今、何が起こっているのか悠真には分からない。分かりたくも無かった。己の無力さのために、誰かが傷つくのは嫌だった。嫌だから、何も知りたくなかった。
――しっかりなさい。
無色の声が悠真に語りかけた。
――この状況を見過ごすことは出来ないでしょ。
叱咤するその声。言葉。状況が最悪なのは、無色の言葉尻から理解できた。
――まだ、救い道はあるわ。黒の色神も死んでいない。紅もいる。そして、あなたも生きている。だから、諦めるのは早いのよ。まだまだ出来るわ。やれるの。やるの。悠真、しばらくの間、私は力を貸せないわ。でも、悠真なら大丈夫よ。
無色の声は掻き消えた。悠真は孤独の中にいた。
必死に目を閉じて、現実から目を背けて、閉じこもっていた。
「小猿」
まるで、悠真を引きずり出すように、声が響いた。それは、悠真の知らない声だ。だから悠真は目を閉じていた。
「無視するんじゃねえ。小猿のくせに」
声は容赦なく悠真の閉じこもった心に割り込んでくる。
「おい、悠真。せっかく俺が呼んでるっていうのに、後悔するぞ」
声と同時に、悠真の手に温かく柔らかいものが触れた。艶やかな毛だった。
(え?)
悠真は手触りの理由が分からず、思わず目を開いた。
悠真の目の前にあったのは、犬の顔だった。長い鼻筋と立った耳、こげ茶色の目が印象的な立派な犬だった。それは、団子屋で悠真を救った犬だった。
「犬?」
悠真は思わず言った。すると犬は大きな目を細めて、口角を上げた。まるで、人間のような仕草だった。
「さっき話しただろ。赤星だ。ありがたく思えよ。赤影の中で最も神秘的な存在である俺と話をし、俺の正体を知ったのだからな」
熊の時とは声が違った。