赤と異形の者と官府(6)
無色は悠真を責め立てた。無色は悠真を再び異形の者の元へ戻そうとしているのだ。
あの異形の者は強い。赤丸を殺し、紅を殺し、火の国を滅ぼす。にわかに信じがたいことであったが、今まで悠真の身を案じていた無色が、悠真を異形の者の元へ戻そうとしている。
ここに残っていても死ぬだけだ。
悠真は尋ねた。
(本当なのか?)
無色の言葉は本当なのか。あの異形の者の前に、再び戻る勇気は悠真にない。赤丸や赤星のように、他人を逃がして、自らの命を捨てるようなことは出来ない。それほど、大人でもない。無鉄砲に走り出すには、今は冷静すぎた。冷静だからこそ、熱くなって動き出すことは出来なかった。
――本当だから、私は悠真に尋ねるの。それで良いのかとね。あなたの身の安全を確保したい。私の願いはそれだけよ。でもね、私は赤に恩義があるの。赤を救うことが出来るのが、悠真だけならば、私は悠真に戦って欲しい。それに、このまま火の国が滅びれば、悠真も生きていけないから。矛盾しているでしょ。でも、これが真実なの。生きるために、戦うことが必要なの。そうやって、かつて私が選んだ流の国の女性は戦ったわ。
無色の言葉が悠真の中に様々な考えをめぐらせた。無色の言葉に悠真を傷つけるようなことはない。無色は、誰よりも信頼できる悠真の味方なのだから。ならば、異形の者は真に強い存在だ。黒の色神が火の国を滅ぼすのも偽りの無いことだ。
(俺に、何が出来るんだ?)
悠真は無色に尋ねた。赤丸の足元にも立てない悠真に、何が出来るというのだろうか。何度も、何度も悠真は足手まといになり、赤の術士たちを傷つけた。悠真は無力な小猿なのだ。
――悠真、あなたは私の力を持つ。何色にも染まることが出来るのよ。悠真は、赤の色神紅とも、黒の色神とも同等の力を持つことが出来るの。色の力を収束させることが出来るの。今回は、私が味方するわ。何色に染まっても、私が悠真の支えになる。他の色の場所を知られることを恐れたりしないわ。悠真が、真に染まってしまう直前まで、私は力を貸すわ。だから安心なさい。悠真は、誰よりも強い術士なのよ。
無色が悠真の背を押した。
――私が力になるわ。私が悠真の力になるわ。だから悠真。あなたは無力な小猿なんかじゃないの。
悠真は心の中で無色の声を反芻した。無力な小猿じゃない。と反芻したのだ。何度も、何度も繰り返し、冷静な自分の心に無鉄砲な小猿の心を灯していく。今回の黒の襲撃は、悠真が紅城を抜け出して始まったこと。その罪悪感を忘れようとした。悠真は、冷静さの中に萎縮してしまった自らを奮い立たせた。
(俺は行く。赤が残酷な色になるところなんて、見たくないんだ)
悠真は泣き崩れる赤菊を見ながら、心の中で無色に答えた。無色が悠真の中で微笑んだ。
――まずは赤に染まりなさい。あの子を連れてはいけないわ。
悠真はゆっくりと足を進めた。泣き崩れる赤菊は気づいていない。悠真は倒れる術士の男の横に膝を着くと、そっと術士の男の胸に手を当てた。術士の男は首から紅の石を下げている。紅の石に触れると、身体の中に赤が満ち始めた。
――悠真、あの子を眠らせなさい。
無色の声に反応し、悠真は紅の石の力を使った。術士の男の持つ紅の石は、小さな力を発し、その力に当たった赤菊は地に倒れた。雨に濡れ、頬を涙で濡らした赤菊と、倒れる術士の男と葉乃を残し、悠真は走り始めた。森の中でも迷ったりはしない。ねっとりと絡みつくような濃厚な黒を目指して走れば良いだけなのだから。