赤と異形の者と官府(4)
二つの色を持つ熊は、笑うように口を開いた。口の中には鋭い歯が並んでいた。そんな熊の首を抱きしめるように、赤菊は手を熊の首に回していた。赤菊は顔を熊の毛にうずめ、身体は小さく震えていた。
「泣いているのか?菊」
熊がゆっくりと言った。熊にすがる赤菊、地で倒れる葉乃、そして立ち尽くす悠真。熊が小さな黒い目を細めていた。
「泣いてなんていない」
赤菊は言った。しかし、身体は小さく震えている。雨に濡れているせいなのか、赤菊の背中がとても小さく細く感じられた。熊は優しく言葉を発した。
「あの異形の者は只者じゃない。下村登一の比じゃない。あのまま残れば、全滅だ」
赤菊は小さく震えて続けていた。そんな赤菊を包み込むように、熊が赤菊の身体に頬を摺り寄せた。
「何かあれば、赤山を頼れ。俺はもう、戻らなくてはならない」
熊が言い、赤菊は拒否するように首を横に振った。
「赤丸が死んで、俺が死んでも、赤影は滅びたりしない。赤菊、再び赤影を集めて、赤影を再興するんだ」
赤菊は首を横に振り、熊は続けた。
「今はもう、小さな子供じゃないんだ。俺たちがいなくても大丈夫。そうだろ。菊のするべきことはこの先のこと。赤丸と俺が死ねば、残るのは山とお前だけなんだからな」
まるで、熊も死ぬことを想定しているようだった。ここにいるのに、熊は自らが死ぬと言っている。悠真は不思議でたまらなかった。まだ、生きている。なのに、なぜ死ぬつもりなのか。悠真には理解できないのだ。
「未だ、生きているじゃないか」
悠真は言った。熊が小さな目を見開いた。悠真は更に言った。
「まだ、生きている。確かにここにいる。なのに、なんでそんなこと言っているんだよ。赤丸は強い。負けたりしない」
悠真は言った。熊とはいえ、死ぬことが嫌だった。熊は人のように話し、人のように痛みを解し、人のように他者を思いやる。だから、単純に嫌だったのだ。熊は笑った。
「まだ、気づかないのか?犬猿の仲という言葉があると言うのにな。そうか、悠真は燈の石の力を知らないんだな」
熊は前足を上げると、赤菊を慰めるように包み込んでいた。
――燈の石は獣と心を交わす。
そんな力だったと、悠真は思い出した。熊は口を開いた。
「悠真は赤影に精通している。赤丸の顔を知り、赤菊のことを知り、残された赤影全員の名を知っている。どうせ、俺は死ぬ身。教えてやるさ。我が名は赤星。燈の石の使い手だ。燈の石の力は、獣の身体に入ること。獣の身体に入り、獣として動くことが出来る。だからこそ、獣の群れに入り込み、獣を自由に操り、心を交わす。それが燈の石の力」
熊は大きな声で言った。
「我が名は赤星。燈の石の使い手だ。石の力を使い、熊の身体に入ったのみ。可那の馬を動かしていたのも俺だ。俺の本当の身体は、今にも止まりそうな心臓で異形の者の横に残されている」
熊は強く言った。
「あの犬の身体が死ねば、俺は死ぬ。自分の身体だから分かるのさ。毒で死ぬのか、異形の者に殺されるのか、死に方は分からないが、俺は死ぬだろうな。まあ、赤丸と共に死ねるなら何の後悔も無いさ。あいつは、まだあどけない顔をした子供のころ、俺の前に現れ、腹立たしいほどの才能を俺に見せ付けたのさ」
赤星と名乗った熊は目を細めて語った。