黒の監視(24)
クロウは闇の中にいた。一体、何が生じたというのか。一体、何がクロウを襲ったというのか。クロウは理解できず、そして闇の中でもがいた。この闇はイザベラなのか、色の世界なのか、クロウには理解できない。ただ、黒い色の中にいたのだ。
クロウは黒を恐れない。なぜなら、クロウは黒の色神だから。しかし、闇を恐れるのは人間としての本能だ。
(何が起こった?)
クロウは言った。声は声にならない。そこは、官府でなく、イザベラの身体でもない。まるで、イザベラと自らの体の挟間に堕ちてしまったようだった。
(何が起こった?)
クロウは自らに問うた。そうしなければ、冷静さを欠いてしまいそうだった。もし、悠真が力尽きてしまったら、クロウはどうなるのだろうか。もう一度、ヴァネッサに会うことは出来るのだろうか。黒に会うことは出来るのだろうか。
クロウはもがいた。手をばたつかせ、暴れた。しかし、手はそこにない。クロウの身体はそこにない。クロウは身体に戻ることが出来なかったのだ。思考だけ切り離されて、闇の挟間に陥ったのだ。
(こんなところで終われない)
クロウはもがいた。
(こんなところで終われない)
クロウは暴れた。
(こんなところで終われない)
宵の国は統一されたが、未だ不安定だ。今、クロウが倒れてしまえば、再び戦乱に陥るだろう。ヴァネッサが悲しむ。黒が悲しむ。多くの命が奪われるのだ。そして、黒は死の色というイメージが定着してしまう。
(こんなところで終われない!)
クロウはもがいた。それは執念だ。ここで終われないという執念だ。クロウはまだ、消えるわけにはいかない。宵の国で生きる人のためにクロウは終われない。平和のために、終われない。火の国のような平和な国に宵の国がなるまで、クロウは終わることが出来ない。
クロウの執念は闇を動かした。赤丸に対し抱いた強い感情が、クロウの力を暴走させイザベラと一体化させたように、クロウの執念が闇を動かしたのだ。
光が差し込み、クロウは無い手を伸ばした。身体を伸ばした。そして、気がづけば瓦礫の下いた。
だが……
クロウの身体はそこに無かった。クロウは、十センチほどの大きさの、小さき異形の者になっていたのだ。身体に戻ろうとしたが、戻れない。悠真の力がなければ、戻れないのかもしれない。
クロウが瓦礫の下から顔をのぞかせると、そこにはイザベラの姿があった。
変だった。
クロウが切り離されたのに、イザベラはそこに立っている。力尽きて倒れる悠真。クロウは何の指示も出していない。けれども、イザベラは動いていた。クロウから切り離され、クロウの指示もなく、イザベラは動いていた。
イザベラは、誰にも制御できない異形の者になったのだ。
イザベラは大きく爪を振るい、赤や黒は掻き消えた。雨の中、堂々と立つイザベラはクロウでさえ恐怖を覚えた。これが、本物の恐怖。
これが、枷を外された強大な力。
クロウはイザベラが火の国を滅ぼす様子を想像した。その想像は、間もなく現実となるだろう。