黒の監視(23)
黒の力が高まる。きっと、それは無色が黒になったからだ。単純計算で、黒が二倍になったということなのだから。クロウは他に黒の力を持つ者がいることが、嫌な気分だった。
そこにクロウのような力を持つ悠真がいた。クロウはイザベラの身体で地に伏せた。完全に一体化したクロウとイザベラは、二人一つで少しの違和感もない。クロウにとって前足は前足で、後ろ足は後ろ足で、人間の姿のときの手の感覚や歩く感覚を忘れてしまっていた。
「どうすれば良いんだよ?」
悠真が戸惑っていた。すると、黒が悠真の背を押した。
――あんた、本当に馬鹿ね。それだけの力を持っていて、それだけの才能を持っていて、無色の力を持っていて、力の使い方が分からないなんて。
黒は涙を浮かべた目で、力いっぱい悠真の背を押していた。
――安心しなさいよ。あたしがサポートするから。
黒が悠真の背を押し、悠真はクロウの足に触れた。悠真の手が、黒色を吸収していく。抑えていく。それは、クロウが他の術士が使った異形の者を消し去る時と同じだ。思えば、下村登一の乱の時に、異形の者を消し去った時も、悠真はこのようにしていた。クロウと同じ力だ。当然だ。彼は無色に選ばれた、色神なのだから。
暴走している黒が、少しずつ消えていく。クロウの手は、イザベラの前足で無くなった。クロウの足は、イザベラの足で無くなった。クロウの思考は、イザベラと切り離されていく。暴走した黒色が収束していく。
「黒」
クロウは黒を呼んだ。その声は、イザベラの声でなく、クロウの声だった。未だ、身体はイザベラのままだ。しかし、クロウはイザベラでなくなる。まもなく、官府にある身体で目覚めるだろう。このような体験をするなんて、クロウは思っていなかったが、なってしまったのだから仕方ない。二度とならないように気をつけるだけだ。
「悪かったな」
クロウは言った。巨大化したイザベラの身体が小さくなってゆく。少しずつ、クロウと悠真の距離が縮まっていく。
黒が不安そうにクロウを見ていた。火の国まで足を運び、イザベラと一体化して戻れなくなった。こんな話をヴァネッサにしたら、きっと彼女は笑うだろう。美しい目を細めて、笑うことだろう。クロウはそんな想像をしていた。
少しずつ、イザベラの身体は小さくなり、クロウはイザベラと切り離されていく。
少しずつ。
少しずつ。
そう、ゆっくりとクロウはクロウに戻っていく。クロウはイザベラでなく、クロウはクロウ。イザベラはクロウの使う黒の石の生み出す異形の者へと変じていく。
クロウは悠真を見た。そして、息を呑んだ。悠真の身体が小さく震えていた。雨に濡れて寒いのでないはずだ。嫌な予感がした。
もし、イザベラとクロウが切り離され、クロウが身体に戻らないまま悠真が力尽きてしまったら、クロウはどうなるというのだろうか。クロウは、身体に戻れるのだろうか。
不安が生まれた。
不安が色濃く、クロウの背にまとわりついた。
音を立てて、悠真が力尽きたのはクロウは不安を覚えた直後だった。
そう、クロウの視界は暗闇に包まれた。