黒の監視(20)
空気は赤で覆われていた。この空間は赤に奪われた。クロウは動けない。無色の小猿「悠真」を媒体として、赤が力を発揮しているからだ。紅でなくても、これほどまでに赤を引き出すことが出来るのだ。赤の空間は居心地が悪い。気分が悪い。己が余所者のような気がするのだ。あまりの気分の悪さに、クロウは吐いた。胃の中のものを吐き出したが、食べ物は何も無かった。あるのは、不快感だけだ。
居心地の悪い赤の中、クロウは温かい場所を見つけた。居心地の良い場所を見つけた。澄んだ空気を見つけた。
一箇所、心地よい場所があり、そこを見ると赤を押しのけるように黒が空間を作り始めたのだ。見ると、ツインテールに結んだ髪が愛らしい少女がいた。黒いバルーンスカート、黒いブーツ、黒いリボン、全身を黒で固めた少女は赤と対照的な存在だ。黒という色は、居心地が良い色だ。
――あたしたちは、負けたりしてない。
涙ぐんで少女が言った。すると、赤はケラケラと笑った。
――そうじゃの。負けたりしておらぬ。そもそも、わらわが優位に立ったわけでもあらぬ。これは、無色の気まぐれのなす業じゃ。
赤は穏やかに、そして優しく続けた。
――無色が気まぐれで小猿をわらわに貸し出した。小猿も赤丸を救うことを願った。だから、今の状況があるだけじゃ。わらわ一人じゃ赤丸を守れぬ。恥じる必要はあらぬ。
赤は歩むと、そっと少女の頭を撫でた。
――黒、今回は痛みわけにせぬか?わらわも赤丸が愛しい。この場だけ、痛みわけにせぬか?
クロウはゆっくりと少女を見た。少女は薄く涙を浮かべて笑った。
――クロウ、あたしを見て。クロウは、ここにはいないの。ここにいるのはイザベラなの。
少女は続けた。
――クロウ、力を使いすぎて、むきになりすぎて、イザベラと一緒になっちゃったの。ねえ、あたしは黒よ。思い出して。あたしたち、ずっと一緒だったでしょ。宵の国を統一して、そして火の国に来たの。
朦朧としていたクロウの意識が少しずつクリアになり始めた。クリアになった視界に入るのは、黒い色。
そうか。
クロウは思った。この火の国に来て、赤丸に対し特別な印象を抱き、無茶をしたのだ。プライドを傷つけられたなんて容易い感情でない。本気で戦えば、クロウの方が強いのは明らかなのに……。
黒が泣いている。
泣いている黒は、クロウが共に歩んできた色だ。ヴァネッサの幸せを願い、黒が優れた色であることを証明したくて、統一されても戦乱の面影から抜け出せぬ宵の国が真に平和になることを願って、宵の国の民が死なぬことを願って、クロウは答えを探しに火の国に来たのだ。なのに、今や目的が変わってしまっている。
――クロウ。
黒に呼ばれ、クロウは地に伏せた。イザベラの身体から、思考を切り離そうとした、
なのに。
クロウの思考はイザベラの身体と一体となり、少しも離れようとしないのだ。官府にある身体に意識を戻すことが出来ない。出来ないのだ。