黒の監視(14)
クロウは熊の登場に思わず息を呑んだが、気にするなと己に言い聞かせた。ただの熊だ。異形の者、イザベラの前では無力に等しい。熊の登場に驚く必要もない。
――燈の石。
それが答えだ。
燈の石の力を使えば、獣を思うがままに使うことなど容易い。おそらく、赤丸が叫んだ「赤星」が、燈の石の使い手なのだ。
クロウにとっては、オレンジと言ったほうが親しみがある。
熊はイザベラに怯えることなく、倒れている術士の男の身体の下に頭を突っ込んだ。熊が連れて逃げようとしているのだ。興味ない。クロウには、術士の男など興味ない。連れて行くなら、連れて行け。クロウはそう思った。
赤丸はクロウが他の仲間に手を出さないことを感じたのか、低く笑った。
「黒、あんたの相手は俺がするよ」
赤丸は言った。
愚かなことだ。確かに、赤丸は優れた術士だ。宵の国の小国にいたら、赤丸を有した国は他の小国を一つや二つ喰うかもしれない。だが、所詮その程度の力。他の野江や都南、佐久や義藤を有した国も有利だろう。けれども、クロウが赤丸に興味を持つ理由。それは、赤丸が人殺しの目をしているからだ。
赤丸が低く笑うように、クロウも低く笑った。赤丸の背後では、熊が術士の男を背負い、奇妙な姿をした薬師を背に乗せていた。
そして、赤菊が犬を引きずるように動かしていた。
待ってやっても良いが……
クロウはイザベラの足を進めた。優しいが強い赤丸が、仲間を逃がす間、待ってやっても良かったが、クロウは赤丸のために良い人になるつもりは無かった。可哀想だが、赤丸に仲間を全員逃がさせるつもりは無い。
さあ、黒と赤のショーの始まりだ。
クロウは笑みを浮かべて、イザベラの足を進めた。いや、イザベラと完全にシンクロしたクロウにとって、イザベラの身体は己の身体だ。最早、自らの足を進めるのと変わらない。クロウは爪を振り上げた。鋭い爪は、直撃すれば一撃で赤丸の命を奪う。
赤丸は名工が鍛えたであろう刀で、クロウの爪を受け止めた。受けとめ、同時に紅の石を発動させた。
「逃げろ!」
赤丸は叫んだ。熊の背には、術士の男と薬師が乗せられている。赤菊が犬の身体を引きずり、無色の小猿は未だに戸惑っている。
「悠真!しっかりしろ!長くは持たないぞ!菊と一緒に、彼らを連れて逃げるんだ」
赤丸の声は赤く広がり、竦む無色の小猿に力を与えていく。だから、無色の小猿「悠真」は息を吹き返したように目に力が入り始めた。
クロウは力を込め、紅の石の力で作り出された盾を打ち破った。
簡単に逃がしたりしない。
赤丸は再びクロウの足を踏みとどめるために力を放った。赤い盾の向こうでは、熊が方向を変えていた。赤菊は必死に犬を引っ張り、それを悠真が手伝っていた。