黒の監視(13)
赤と黒の衝突に、空間が歪んだ。赤丸は耐えているが、赤丸が立っている建物の屋根は耐えられない。古びた屋根がキシキシと音を立て始めた。
赤と黒が衝突して、建物が崩れるまでの時間。クロウは長い時間のように感じたが、実際は一瞬の出来事だろう。赤丸との対峙にアドレナリンが大量放出され、クロウの時間の感覚にずれが生じているのだ。
――ドドドドド……
爆音と共に屋根が崩れ落ちた。たとえ、優れた術士であろうとも、足場を奪われば立っていられない。埃と爆音と共に、赤丸は建物の中へ落ちていった。もちろん、イザベラも後を追う。イザベラは小さな建物を破壊するように地に降り立ち、埃まみれで再びイザベラと対峙する赤丸を見つめた。
「じっとしていなさい」
凛とした女の声が響いた。この混乱の中、平静を保つのはかなりの実力者だ。赤菊の声だ。一方、赤丸は瓦礫の山の中から身を起こした。
「黒、ここは火の国、赤の国だ。手を出させたりしない」
響く赤丸の声は、誇りを失っていない。この状況、黒の色神を目の前にして、自らの足を地に着けている。自らの足で立ち、逃げようとも隠れようともしていない。自らの信念を、失っていない。
「菊、逃げろ」
赤丸は低く言うと、紅の石で背後にいる者を攻撃した。クロウは、赤丸が何をしようとしているのか理解できなかった。しかし、何をしたかったのかは舞い上がった埃が雨で静められた時に理解できた。
赤丸が狙ったのは、奇妙な姿をした薬師だった。
「菊、いいから逃げろ」
赤丸は立ち上がり、イザベラに向かって刀を構えた。
「逃げろって言ったって、柴や赤星を残していけない!」
赤丸の仲間であろう術士、赤菊は悲鳴のように叫んだ。
――なるほど。
クロウは自らを静めた。興奮を静め、じっくりと辺りを見渡した。横たわる術士の男と犬。赤丸に攻撃されて倒れた、奇妙な姿の薬師。そして、戸惑い竦み、動けない無色の小猿。赤丸一人でイザベラと戦うことは出来ても、赤丸一人で彼らを逃がすことなど出来ない。動けぬ仲間を連れて行くことは、不可能だ。
クロウは笑い、そっと足を進めた。クロウが持つ、黒の石が変じるイザベラ。イザベラは足を進め、赤丸は小さく舌打ちをした。そして、イザベラから目を逸らすと、背後に庇う仲間を見た。そして、強く叫んだのだ。
「しっかりしろ!赤星!」
赤丸は叫んだ。無体なことだ。倒れた術士と犬。二人とも動ける状態ではない。
「赤菊は戦闘部員じゃない。お前が動かなくてどうする!いくらでも小言を聞いてやる。いくらでも説教をされてやる。今、お前の力が必要なんだ!」
誰もが呆然としていた。赤菊が紫の石に向かって何かを話しかけていた。誰かに助けを求めようとしているのだろうが、無駄なことだ。赤丸の叫びはむなしい。
――グオォォ
低く響く唸り声がしたかと思うと、赤丸の口元が笑っていた。クロウは息を呑んだ。この状況、赤丸の味方はいない。いないはず、なのだ。
しかし……
崩れた小屋の外から大きな熊が姿を見せたのだ。黒い熊は、立ち上がれば三メートルにもなるほどの大きさだ。鋭い爪を持ち、鋭い牙を持つ。
「菊、悠真。逃げろ」
赤丸は再び言った。