黒の監視(10)
クロウは馬を走らせる陽緋野江らに注意を向けつつ、無色を見た。無色は薬師のいる森の中の小屋にいる。赤丸と赤菊という優れた術士に守られながら、傷ついた者を救おうとしている。
小屋の外、赤丸が屋根の上に座っていた。空からは大粒の雨が落ちていたが、赤丸は微動だにせずに屋根の上にいる。そして、時折紫の石に向かって話しかけていた。おそらく、中にいる仲間に指示を出しているのだ。
クロウは小さき異形の者を飛ばした。小屋の中を探らなくてはならない。情報は、多面的に見てこそ意味があるのだ。小さき異形の者は、屋根の隙間から小屋の中へ……。
――赤。
何が起こったのか、すぐに理解することは出来なかった。クロウの世界が突如赤に包まれたのだ。黒を司るクロウにとって、赤に染まった世界は気持ちの悪いものである。赤に侵食されて、他の監視が薄れていく。馬を走らせる陽緋野江たちの映像と声が消えた。紅の映像と声が消えた。
――赤。
何かが起こった。無色を監視する小さき異形の者に何かが起こった。クロウは得体の知れない恐怖を覚えて、無色を監視する小さき異形の者に莫大な力を送った。力を送り、小さき異形の者を包み込む赤の壁を打ち砕いた。砕けた赤の先には赤丸がいた。
「赤丸……!」
クロウは叫んだ。赤丸の紅の石がクロウの小さき異形の者を包み込んでいるのだ。
「何だ、お前?」
激しい雨に打たれながら、赤丸が紅の石の力を発動させている。赤丸の持つ赤がクロウを飲み込んでいるのだ。
「異形の者か。この先にいるのは、黒の色神だな?」
赤丸の赤に押されて、小さき異形の者では動けない。そこらの術士ならば、小さき異形の者であっても、クロウが操っていれば敵うものであるが、赤丸は優れた術士。欠片で生み出した異形の者では分が悪い。
「赤丸め……」
クロウは小さき異形の者に力を送りつつ、イザベラの石を投げた。クロウの監視に気づき、小さき異形の者を押さえつけた赤丸に対し、憎しみが込み上げてきた。監視に気づかれたことでクロウのプライドは傷つき、小さき異形の者とはいえ、只の術士に押さえつけられたことでクロウは冷静さを欠いていた。その江、赤丸はクロウの存在にも気づいている。
「赤丸め!」
クロウの感情は逆立った。これまで、クロウに逆らう術士はいなかった。クロウは絶対的頂点に立っていたのだから。クロウの荒立つ感情に呼応し、赤丸に向かって飛び立ったイザベラの身体は膨れ上がった。他の小さき異形の者を動かすことを止め、クロウは赤丸にだけ集中した。
――落ち着いて、クロウ。落ち着いてって。
激昂するクロウを、黒がなだめた。
「黒」
クロウは振り返り、黒を見た。