黒の監視(7)
クロウがまず、見たのは紅城の動きだ。紅城に残る有力な赤の術士は、野江、都南、佐久の三人だ。主を失った紅城の最上階、おそらく紅の部屋と思われる場所で、野江は激昂していた。赤に塗られた部屋は、黒の色神であるクロウにとって、気持ちの悪い部屋だった。一段高くなった所に、本来紅はここにいるはずの存在だ。主のいない部屋で、野江が落ち着きなく歩き回っていた。
「本当に、何を考えているのかしら!」
野江の荒い息遣いが聞こえてきそうなほどの迫力だった。
「じっとしていろ、落ち着きがないな」
都南が刀の柄を握り締めたまま、部屋の隅に座っていた。冷静な中に隠された都南の怒りが、クロウにも伝わってくる。
「本当に、紅もやるね。ちゃんと義藤と秋幸を連れて行ったところを褒めてあげないと。それにしても、本当に義藤は達筆だね。生真面目で几帳面な義藤らしい」
一人、二人と違う空気感を持っているのは、佐久だ。一見すると、穏やかな優男だが、内実は違う。秘めた強さは本物だ。三人とも、欲しい術士だと、クロウは思った。
「佐久、いい加減になさいな。義藤の字なんて、関係ないでしょ。今すぐにでも紅を迎えに行かなきゃ。官府に潜入するなんて、どうかしているわ。今、黒が攻めて来ているっていうのに!」
今にも飛び出しそうな野江を一喝して止めたのは、威圧感のある男だった。
「野江、座れ。お前は強く美しいが、時に感情的になるところが唯一の欠点だ」
才能溢れる者らを抑える重厚な声は遠次という男のもの。知将といったところだろうか。クロウの目には、そのように見えた。いつからいたのか分からない。まるで、空気のようにそこにいるのだ。そこにいるのに、いないように見えていた。他者を活かし、他者を引き立てる存在だ。遠次はゆっくりと続けた。
「今、紅は官府にいる。それはなぜだ?それが必要だと、紅は思ったからだ。恥ずかしい話、最も行動力があるのは紅だ。そして、最も強いのが紅だ。そして、仲間を最も信頼しているのが紅だ。佐久、義藤の手紙を読んでみろ」
遠次に言われ、佐久は手紙を広げた。
「前略
紅が突発的なことを言い出すのはいつもの事で、私が紅の言葉に抗えないのもいつもの事です。今回、異国が火の国に足を踏み入れるという異常事態を前に、紅は私が思うより更に未来を見ているようです。紅の心中には、クロウが官府の内部に潜入するという不安が大きく占めています。だからこそ、紅は自らの足で官府へ向かうことを決めました。皆様方の御怒りを知りながら、私は紅と共に官府へ向かいます。今の私は、紅の石をもっていません。しかし、紅を一人にすることも出来ませんので、私は紅と共に官府へ向かいます。紅のことは、必ず守ります。義藤」
佐久は浪々と手紙を読み上げていた。