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第二話 恋する☆美少女清掃員④

 土曜日、僕は待ち合わせした駅前広場の噴水前で佇んでいた。

 待ち人はまだ来ていない。きょろきょろと落ち着きなく周囲に視線を巡らす。街の一番栄えている部分だけあって、田舎街ながらも往来は活気付いている。晴れ空でも日々寒さは厳しくなっているけど、この場所は人いきれで寒さも感じない程だ。

 そして、先ほどから何度ナンパにあっているのか数えるのも億劫になる。

 下心丸出しの輩ども、大宮煌はそんなに軽い女の子じゃないんだ馬鹿め。……なんてはっきり言えれば苦労はないんだけど。


「ねぇねぇ、遊びに行こうよ。いいじゃんいいじゃん」


 チャラチャラしてる二人組の男たちが、しつこく僕の周囲をぐるぐるまわっている。なんだその動き。犬か。


「だから、あの、友達と待ち合わせてるんです」


「女の子の友達だろ? ちょうど俺たちも二人だし、その子も一緒に遊ぼうよ」


 僕はムッと口を曲げる。保田さんも一緒に? ますます冗談じゃない。

 ああでも。どうやったら追い払うことが出来るんだ。しつこい奴らを前に、僕は必死で上目遣いに睨み上げる。


「うわぁっそんな可愛い顔して見つめられたら、ますますどっかに連れ込みたくなるぜぇ」


 見つめてるんじゃなくて睨んでるんだ!

 なんで僕は何をしても弱そうになっちゃうんだ。こういう時本物の大宮煌だったら、上手く対処できるに違いない。トワを置いてきてしまったことを、少し後悔した。

 ……トワに邪魔されたくなかった、なんていう理由で、僕は今日の保田さんとのデート(?)をトワに内緒にしている。

 トワに話したら、一緒に行くとか言い出しかねない。そりゃ保田さんと二人きりなのは緊張するけど、トワが間に入ってきてかき回されるよりはマシだ。

 僕の身体じゃないのに、内緒で行動していることに多少の後ろめたさを感じてはいるけど。

 トワだって、僕の身体で好き勝手な行動ばかりしているんだ。これぐらい許されるよ、うん。


「こんなところにいたのか大宮!」


 唐突に後ろから肩を抱かれ、僕は全身を総毛立たせた。


「ひぃいいいい! 黙っててごめんなさい許してくださいぃい!!」


 僕は青ざめ、震えながら振り返る。

 肩を抱いてきたのは、トワじゃなかった。よりにもよって、友枝だった。なんでこんなとこに。


「何謝ってるんだよ大宮! 遅れてきたのは俺の方だぜ! 気にするなって」


「え? え?」


「で、キミタチ、俺の彼女になんか用?」


 僕は友枝に肩を抱かれた状態で、固まる。ナンパ男たちに向けて何言ってるんだこいつは。僕は友枝の彼女になった覚えなんてない。

 友枝の言葉に、僕たちの前にいたナンパ男たちが舌打ちして、悪態をつきながら去っていった。


「それにしても偶然こんなとこで会うとは運命を感じるな俺たち。お礼はチューでいいからな、大宮」


 僕は友枝の方を見る。唇を突き出してきてたから、心の中で抹殺しておいた。

 しかしそうか、友枝は僕を助けてくれたんだと悟る。こいつでも役に立つことがあるらしい。

 僕は一息つき、友枝から離れる。見た目はナンパ男たちと変わらないような服装だ。オシャレだけど、軽々しい。


「友枝君は、なんでこんなとこに?」


「ちょっとした買い物。ところでさ、最近の大宮って――」


「煌ちゃん!」


 友枝の言葉を遮り、元気な声が横からかかった。僕と友枝は声の方向へと目を移す。

 分かりやすくも、表情が明るくなってしまったかもしれない。僕はニヤけてしまいそうになった顔を慌てて引き締める。

 保田さんが息を切らせながら、こちらに向かって走ってきている。


「ごめんね、待たせちゃって。あれ? いっちゃん、なんでこんなとこにいるの?」


 ……いっちゃん?

 僕らの元へとたどりついた保田さんは、不思議そうに首を傾げて友枝を見ている。


「偶然ナンパされてる大宮を見かけたから、ナイトとして助けに参上したのさぐへへ」


「ナイトはそんな笑い方しないと思う」


 親しげな友枝と保田さんを、僕は交互に見遣る。この二人、仲がいいのだろうか。

 僕は少しもやもやした気持ちを抱えながらも、何も聞けない。

 今日の保田さんはワンピースの上にファーのコートを着ている。私服姿を初めて見た感動で、思わずまじまじと保田さんを見入ってしまった。女の子女の子してて、とてつもなく可愛い。

 僕の方はというと、パンツスタイルの上に学校と同じコート。日曜日までスカートを穿いていられるか。……というか、少しでも男でいたい、という主張なのかもしれない。


「煌ちゃん行こっか。バス乗り場ってあっちだったよね」


 保田さんが指をバス乗り場の方向へと指し示しながら、微笑みかけてきた。僕はこくり、と無言で頷く。

 鼓動が高鳴ったまま、おさまらない。

 落ち着け落ち着け。深呼吸を繰り返し、先に歩き出した保田さんの背中を追った。

 友枝が当たり前のように、後ろにくっついてきてる気配を感じ取った。こいつ、ずっとついてくる気じゃないだろうな。

 ……嫌だな。


「いっちゃん」


 保田さんも気付いたのか、振り返って笑顔を見せてきた。


「今日はわたしと煌ちゃんの二人で遊ぶんだから、ついてきちゃダメ」


「あ、やっぱり?」


 保田さんにきっぱりと言われた友枝が、立ち止まって後頭部をかいている。ニカ、と笑顔を見せてきた。


「じゃあ今日のところは諦めますか! 大宮、今度デートしようなー」


 あっさりと友枝は引き下がって、背中を見せて手を振ってきた。僕はほっと息を吐く。

 それにしても……僕、情けない。保田さんは、きちんと言いたいことを言えるのに。僕は友枝に助けられて、今度は保田さんに助けられて、結局何一つ自分から動いていない。

 沈んでしまった気持ちを切り替える為に、僕は頭を振った。

 今は保田さんとの時間を楽しまないと。

 今日保田さんが誘ってきたのは、僕らの街の港側に出来た、新しい水族館だ。

 規模は小さいものだが、この街の新たなレジャー施設として賑わっているという噂を聞いた。僕はまだ行ったことがなかったし、行く機会が巡ってくるとも思っていなかった。

 僕らがバス乗り場にたどりつくと、駅から水族館へと出ている臨時バスには既に行列が出来ていた。

 時刻は十時。今から水族館は混雑する時間帯だ。僕と保田さんも行列の最後尾へと並んで、バスの到着を待つことにする。


「楽しみだね」


 横に並んでいる保田さんが言う。僕は再びこくり、と頷くことしか出来なかった。


「最近の煌ちゃん、無口だよね」


「そ、そうですか?」


「うん。いつもいっぱいお話してくれるのは煌ちゃんの方だったのに」


「……ごめんなさい」


「ううん謝らなくていいよ。ただ、最近煌ちゃん、元気がない気がして」


 もしかして、保田さんは心配して誘ってくれたのだろうか。

 入れ替わる前の大宮煌の姿を思い返せば、確かに今の(きらり)は別人のようにテンションが低い。いや、別人なんだけど。


「そんなことないです、元気ですよ! 元気元気!」


 僕は保田さんを安心させる為に、無理にでも口の端を上げて言ってみる。


「煌ちゃん」


 保田さんがその名前を呼びかけてから、口をきゅっと結んだ。

 澄んだ眼が僕をじっと見上げてくる。ますますドキドキしてしまう。


「な、なななな何ですか?」


「……そんなに私、頼りにならないかな? 悩んでることがあるんだったら、なんでも話してほしいの」


 保田さんが少し寂しそうに、目を伏せて言ってきた。

 堪らなく、衝動的に、全てを吐き出してしまいたくなる。違うんだ、僕は大宮煌じゃない。内倉永久なんだ、と。

 でも、言えない。言えるわけがない。僕も俯いてしまっていた。

 バスが到着し、少しずつ列が動きはじめる。

 僕と保田さんもノロノロと歩みを進めた。気まずい空気を作ってしまった。顔を見合わせられない。

 なんとかバスに乗り込むことはできたが、満員で座席に座ることはできなかった。どころか、ぎゅうぎゅう詰めになった乗客で、まともな体勢でいることもできない。


「きゃっ」


 バスが発車したと同時。がたん、と急速に動いた車両に乗客たちが大きく傾く。身体の小さな保田さんが潰されかけて、小さな悲鳴を上げた。

 咄嗟に僕は両手を突き出し、保田さんの身体を包み込むようにして、壁に両手をつけていた。


「大丈夫ですか? 保田さん」


「あ、ありがと煌ちゃん」


 保田さんと、とてつもなく至近距離。保田さんのふわふわした髪の毛から、微かにシャンプーの甘い香りがした。

 くらくらする。鼓動の音が伝わってしまうのではないか、と心配になる。息がかからないように、顔だけ背けた。必死に窓の外の流れる景色へと、意識を集中させた。落ち着け、落ち着け、落ち着け僕。


「なんで、保田さんなんだろ……」


 また。先ほどと同じように、寂しそうな保田さんの呟きが耳に届いて。僕は思わず保田さんを見ていた。

 間近で揺れる保田さんの瞳に、吸い込まれそうになる。


「前は私のことあさひ、って呼んでくれてたよね。そんなかしこまった敬語じゃなかったし」


「――あ。う、うん。ご、ごめんなさ……」


「謝られると、余計に寂しいよ」


「……うん」


 ――僕は、バカだ。

 罪悪感と葛藤で頭の中がぐしゃぐしゃのままで、結局僕は保田さんに何一つ言葉をかけられなかった。

 保田さんもそれからはずっと、顔を俯かせて、無言だった。

 気まずいままバスが停車した。

 バス出口から人々が吐き出されていき、ようやく僕と保田さんも距離を開けられる。降車していく人たちに混じって、僕らもバスを降りた。

 解放感に、揃って息を吐いた。

 ――その、直後。

 水族館の方から、獣が吠えているような、凄まじい咆哮が聞こえてきた。

 身の毛のよだつこの感覚。すぐにわかってしまった。リフューズの産声だ。


「こんな時に……」


 思わず僕は呟く。

 けど、思考は自然と切り替わる。トワや沙良さんにまんまと洗脳されてしまっているな、と小さく舌打ちした。


「ごめんなさい保田さん! 僕、急用が出来ちゃって! 失礼します!」


「え、煌ちゃん――」


 目を丸くしている保田さんの言葉を最後まで待たず、僕は保田さんに背中を向けて駆け出した。

 全力疾走だ。

 なんでこんな場所で、このタイミングで、リフューズなんかに邪魔されなきゃならないんだ。

 保田さんを悲しい顔にさせたままで、僕は何一つ出来ないままで。

 悔しくて、堪らなかった。

 僕は走りながら、コートのポケットに入れていた携帯電話を取り出してみる。携帯電話に着信はない。リフューズが現れたとなると、すぐにでもトワから連絡があるかと思ったけど。

 よくよく考えてみれば、この場所はあまりにもトワの家と離れている。街の端から端くらいの距離なのだ。

 さすがにトワでもリフューズの声が聞こえる位置じゃない、ということなのか。

 トワに黙って出かけたことが裏目に出てしまった。戦えるのか、僕一人で。

 僕は足を休めることなく、キッと強く前を見据える。大丈夫だ。清掃業はそんなに難しいものじゃないって、昨日思ったところじゃないか。トワがいなくたって、出来る。

 僕は胸に隠してあったペンダントを取り出した。


「清掃開始!」


 星を手に握り締め、叫んだ。



 僕は変身して、産声が聞こえた場所へと向かった。

 負の感情そのものしか感じられないおぞましい声は、絶え間なく続いている。だからそれはすぐに発見出来た。

 水族館の裏手にまわると、打ち付ける波音が聞こえてくる。

 港の倉庫が建ち並ぶ人気のない場所だった。黒く蠢くリフューズを発見した。

 僕は落ちていた鉄材を拾い上げ、武器(モップ)へと変化させた。

 目を細め、かたちをよく見てみると、おそらくサメガタのリフューズだった。巨大な魚のようなかたちに、突き出した背びれがある。

 水中でもないのに、蛇のように身をくねらせて前へと突き進んでくる。大きな口の中にぞろりと並んだ牙が見え、僕は自然と後ずさってしまった。

 大丈夫、大丈夫。このモップで叩けば簡単に消えるんだから。

 気持ちを入れなおし、僕はモップを身体の前に翳した。


「今キレイにして――わぁっ」


 豪速。微笑む間もなく、サメガタのリフューズは猛然と突っ込んできた。

 僕は咄嗟に反応できなかった。モップの柄に食らいついてきたリフューズに驚いて、握り締めていた柄を離してしまった。

 ガラン、と地面にモップが落ちる。

 速い……!

 水中にでもいるかのように、そのサメガタの動きは目にも止まらなかった。


「ぐおああああっ」


 雄叫びを上げて、サメガタが僕へと圧し掛かってきた……!


「わぁぁ!」


 僕はあっさりと地面に倒され、後頭部を強く打ち付けてしまった。

 目の前にチカチカと星がまわる。

 そうだ、キラキラビームを、と思った瞬間にはもう遅い。その巨躯に腕を押しつぶされ、目へと指をあてることもままならず。

 視界の端に地面に落ちているモップが見えた。けれど、手を伸ばして届く距離じゃない。

 なんてことだ。こんなにあっさりとやられそうになっている。

 サメガタが牙で食らい付こうと、大きく口を更に大きく開いてきた。

 僕はただ目を見開き、恐怖のままにそれを見ていることしか――


「ピカピカキーック!」


 可愛らしい声が、港に響き渡った。

 僕に乗りかかっていたサメガタが、目の前から吹き飛んでいった。

 何者かに猛烈な跳び蹴りを食らったらしい。あまりに高速で、僕の目にも止まらなかった。サメガタのその身が遠く、転がっていく。


「え……?」


 僕は身を起こす。

 自分の前に、気付けば背中を向けた少女が立っていた。

 呆然と、口が開いたまま、見上げた。


「美少女清掃員、ピカピカ見参!」


 その少女は、高らかに言い放った。

 真っ白なつなぎの作業着。そして、腰までの長く波打った薄桃色の髪。


「空の太陽よ! わたしのもとに照り、光れ! 街を汚す悪い子は、ピカピカがお掃除しちゃいます! ぷんぷん!」


 ウインクして微笑む少女は、天へと斜めに腕を突き上げ。やはり足は軽く曲げて上げていた。

 その少女は――

 どう見ても、保田あさひだった。


「嘘だ」


 見たくない現実に。僕の口から出た呟きは虚空へと、吸い込まれていった。





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