第二話 恋する☆美少女清掃員③
「美少女清掃員キラキラ、参上!」
金色の髪をたなびかせ、僕は叫ぶ。
「宙の星よ! 僕のもとに輝き、煌け! 街を汚す悪い子は、キラキラが片付けちゃうんだから!」
オレンジ色の作業着姿、引き攣った微笑、ポージングしながらウインク。
「メッだぞ!」
決まった。
夕刻、閑静な住宅街一帯は沈みゆく陽で見渡す限り一面が真っ赤に染まっている。
僕が立っているのは、住宅に囲まれた人気のない空き地。その場所で美少女が、ど派手な作業着姿で何か喚いてポーズを決めている異様な光景は繰り広げられていた。誰かに見られていないことを切に願う。一般人に僕の対峙している異形の化け物は見えないから、完全に僕の一人芝居状態だ。
僕はその場に落ちていた枯れ枝を拾いあげる。握り締めた枯れ枝は、長い鉄製の柄へと変化していく。何層にも重なった白くフサフサした毛束から、光の粒子を散りばめ、僕は駆ける。
「今、キレイにしてあげる」
不敵な笑みと共に言い放ち、一気に対象物へとモップを振り下ろした。
「キラキラモップー!」
小さな異形は、悲鳴を上げる間もなく、消え去った。
空き地に静寂が戻る。寒々とした風が吹きぬけていく。
「清掃――完了」
その言葉を紡ぐと、僕の姿は作業着からセーラー服へと瞬間で様変わった。ポニーテールに束ねられていた輝く金色だった髪は黒に戻り、さらりとこぼれ落ちていく。
ほっと息をついた。失敗することも、危ない目に遭うこともなく全部終わった。
その僕の耳に、パチパチ、と空々しい拍手が聞こえてきた。僕はじと目で振り返る。
「美少女清掃員の姿がすごく板についてきたよ、大宮さん」
「……全っ然嬉しくないです!」
僕が上目遣いで睨む先には、トワが立っている。
そして僕は、相も変わらず大宮煌だ。
この姿になって一週間経ってしまった。僕は未だに内倉永久の身体に戻れず、大宮煌のままだった。元に戻れる手段を探そうにも、手がかり一つない絶望的状況。加えて僕と入れ替わったトワは、元に戻ろうと思っていない。内倉永久としての生活を堪能している。
僕は美少女姿のまま、大きく溜め息を漏らす。
今清掃した異形は、ネズミの形だった。ネズミガタとでも言うのだろうか。いちいち恥ずかしいセリフを叫ばずとも、すぐに倒せてしまいそうなものなのに。
けれど、安心した面もある。美少女清掃員になって二度目になるリフューズの産声を聞き、僕は戦慄した。トワに引きずられて、強制的にこの場に連れてこられた時はどうやって逃げようかとばかり考えていたんだけど。
リフューズとひとくくりに呼んでいても種類は様々なようだ。空き地にいたリフューズはトワが言っていた通りの雑魚だった。小さくて攻撃性もほぼ備えていないようなリフューズだったら、僕にだって清掃できる。
この調子なら、清掃業を続けてもいいか……
「いやいやいやダメです! 絶対に元に戻るんです僕は!」
強く頭を振って、恐ろしい考えを振り払う。
「さ、行こうか大宮さん」
「……うぅ、はい……」
トワが僕の気持ちなど全く素知らぬ態度で背を向けて、歩き出す。僕は訴えることもできずに、小走りにトワを追っていく。僕らの主従関係は完璧に構築されつつあった。
今は日課となっている、トワの家へと向かう途中なのだった。
それを思い出して、僕の心は更にずしり、と重くなっていった。
トワの家に到着した。
僕はたたきで靴を脱ぎ、きっちりと揃えて置いた。
「お邪魔します」
ぺこり。
いや待て。ここは元々僕の家だ。何故自分の家でこんな恐縮しているんだ僕は。
「ただいまー」
横に立つトワは軽く言って、家へと上がっていく。
僕は追いかける形で家の中へと踏み込んだ。
「いらっしゃい、煌ちゃん」
リビングから僕の姉である久遠が顔をのぞかせ、優しげな微笑を見せた。姉はいつも大人びたシックな服装だ。容姿だけは可憐で清楚なお嬢様然としている。
「今日は少し遅かったのね」
「こ、こんにちは久遠さん」
僕は立ち止まって、姉へと頭を下げる。
「寒かったでしょう? ちょっと一緒にお茶でも飲みましょうか」
「は、はい」
姉に手招きされ、僕はリビングへと入っていく。トワは久遠に「ただいま」とだけ声をかけて、二階の自室へと上がって行ってしまった。容赦なく人質として置いていかれた。
大学生の姉はけっこうな暇人で、大抵家にいる。そして大宮煌である僕は、訪問の度に彼女に捕まってしまう。ここ数日でのお決まりパターンとなっていた。
「紅茶でよかった? それともコーヒー?」
「あ、紅茶で大丈夫、です」
キッチンの方へと引っ込んでいった姉を待つ為に、僕はリビングに敷かれた絨毯の上にぺたりと座る。
室内は暖房が効いていて暖かかったので、着ていたコートを脱いだ。
落ち着かない気持ちで待っていると、トレイを手に持って姉が戻ってきた。
「いつもありがとう、煌ちゃん」
姉がローテーブルの上に湯気の立つ紅茶カップと、スコーンを並べながら声をかけてくる。
「いえいえ、そんな……」
「煌ちゃんが勉強を見てくれてるおかげね。今回の模試、すごく点数がよかったの」
「そ、そうですか。それは良かったです」
僕は視線を合わせることができず、愛想笑いをなんとか浮かべた。
……本当は逆なんだけど。
毎日毎日僕がこの家に通っているのは、トワに勉強を見てもらう為、だ。しかし姉には学年首位の煌がトワに勉強を教えている、という風に説明してある。姉は煌に感謝し、こうしてお茶を振舞ってくれる、というわけだ。
僕自身、成績は中の上といったところ。それなりに頑張ればいい成績も収められるのだけど、大宮煌の実力には到底叶わない。けど僕は今学年首位が当たり前の大宮煌なので、トワに毎日毎日厳しく勉強を叩き込まれている現状だ。
居心地が悪い。姉に僕が永久だとばれるのではないかと、いつもこの時間はヒヤヒヤとしてしまう。
茶葉の香ばしい匂いが鼻腔を刺激した。僕は気持ちを落ち着かせる為にカップをそろりと持ち上げ、熱い液体を口へと傾けた。
「でもね、永久ね、最近別人みたいなの」
「ぶぼあぁあっ」
「煌ちゃん大丈夫?」
紅茶を軽く噴いてしまって、鼻先に熱湯をくらった。痛かった。
僕は紅茶カップをおろす。危険だ、今紅茶を飲むのは危険行為すぎる。
「大丈夫です。そ、それよりも別人みたい、というと?」
「つまらないの」
「……つまらない?」
僕がその言葉を繰り返すと、久遠は憂いの満ちた瞳を伏し目がちにし、ため息を漏らした。
「最近の永久、飄々としすぎてて、全っ然虐めたいと思えないの。なんていうか、同属の匂いを感じるわ。前はあんなに可愛らしくて反応の面白い子だったのに……虐める度にゾクゾクと快感に打ち震えたものだわ」
「さ、さいですかー」
どう反応すればいいんだ。僕は複雑な心境のまま、明後日の方向を見る。
「永久、もしかして大人になっちゃったのかしら」
「大人になった?」
「ねえ煌ちゃん。まさか永久といかがわしい行為なんて、してないわよね……?」
久遠が唐突に手をにゅぅと伸ばし、僕の肩を掴んできた。僕の肩に細い指先が食い込む。
「いかがわしい行為って……はぅっ!? 大人になったってそ、そういう意味ですかあああぁ!?」
「まさかまさか、アイツに押し倒されたりとか、脱がされたりとか、○○○とか、×××とか……」
姉が際どい呟きを漏らしつつも、感情が昂ぶってきたのか掴んでいた肩を強く押してくる。
「く、久遠さぁん!?」
僕はどさり、と絨毯の上に押し倒されてしまっていた。
「こんなことされたの……?」
上から見下ろしてくる姉の深い眼。サラ、と肩上で揺れる髪。我が姉ながら、凄まじく、怖い。そして凄まじく、美しい。
「いやいやいや! そんなこと絶対にありませんから! ありえない!」
「本当に? こうして、脱がされたりとか、してない?」
「ひょぇぁあああっ」
セーラー服の襟ボタンをぱちん、と外され、肩をむき出しにされてしまった。
「おねえちゃん落ち着いて!」
「こんな風に、触られたりとか……」
「ふわああああ!」
姉は言葉のまま、指先で鎖骨を撫でてくる。
僕はびくっと身体が震えてしまい、ずっと前から潤んでいた瞳で、久遠を見上げた。
「煌ちゃん、可愛いわ……こういう反応が見たいのよ、私は」
姉の恍惚とした表情に、僕はただひたすらに首を振る。
「やめてくださいやめてくださいぃい」
「やめない」
姉はくすり、と口の端を上げた。背筋にゾゾゾ、と寒気が走った。Sの血覚醒モード突入だ! 完全に我を失っている!
僕は半ベソ状態でブルブルと震え、抵抗すら出来ずに少しずつ服を脱がされていく。
助けて助けて助けてトワぁああぁ!!
露になった肌に久遠が滑らかに指を滑らし、首筋に舌を這わせ――
携帯電話から、メールの着信音が部屋内に響き渡った。僕のコートのポケットからだ。
「あ、メールです! メールぅうあああやっほおおおい!」
助かった! 救世主!
僕はすぐ様久遠を押しのけ、ばたばたと両手両足で這いながらコートの元へと移動。ポケットから携帯電話を取り出した。
遠くで姉が舌打ちしてた。
ほっと胸を撫で下ろし、二つ折りになった携帯電話を開き、メール確認画面を出した。
『煌ちゃんこんにちは。明日お休みだし、一緒にお出かけしませんか? 近くに出来た水族館に行ってみようよ』
それは、保田さんからのメールだった。
液晶画面を見つめたまま、固まる。
「一緒に、お出かけ……?」
保田さんと一緒にお出かけって……つまり、デート?
想像しただけで胸が躍る。しかし。僕は大宮煌として、保田さんと向き合わねばならない。一週間経ったというのに、未だに保田さんと友達らしく振舞えていない。
どうしよう、どうしよう。携帯電話を持ったままでうろたえていると。
階段から降りてきたらしいトワが、リビングの扉を開け、顔をのぞかせた。
「遅いよいつまで待たせるの大宮さん、って……何、その格好?」
そういえば僕、脱がされかけている状態のままだった。




