第2話 勇気の一歩
ちょっと長くなっちゃった。
───意識が急浮上する。その勢いに任せて跳ね起きる。
「ハッ…ハッ………ハァッ…!…フゥーッ。」
呼吸が浅い。目がチカチカする。頭が痛い。急な坂を全力で駆け上ったかのように跳ねる鼓動と、おびただしい冷や汗が張り付けたシャツの気持ち悪さに、ここが現実だと教えられる。
体を動かして自分を確かめる。
──さっきのは何だ?何が起きた?
ようやく思考する余白を取り戻した俺は、辺りを見回す。知らない天井、見慣れぬ壁、綺麗かつ荘厳な部屋。自室ではない事だけが確かだ。
自宅でも、近所でさえ見ない石造りの神殿を思わせるような内装。天井は高く、ステンドグラスから光が差し込んでいる。
「どこ…だよ、ここ…?」
何より、豪奢なローブを身につけた人間たちが俺を取り囲んで口々に喜んだり訝しんだりしている。
よく見れば鎧を纏う騎士や貴族みたいな人間も控えている。なんともファンタジー色の強い光景である。
何もかも飲み込めずにいるうち、一番服が豪華で偉そうな男が歩み寄り、話しかけてきた。
「余はシドリア王国国王、マルドゥス・シドリアである。ある事情により異世界から貴君を呼び立てさせてもらった。」
王と名乗るこの男は、なるほど確かに王冠を被って周りを恭しく平伏させている。
「えと…王様、さん?まず俺ここが何処か分かってないんですけど…。え、そもそも俺さっきまでコンビニに…。」
そこまで言うと王はこう言い添えた。
「貴君は未だ頭が混乱しているだろう。ひとまず気を落ち着けたまえ、1つずつ説明してやろう。」
「はぁ…。」
とりあえず言うとおりにする。深呼吸をして、もう一度辺りを見回す。
──何度見てもファンタジー色の強い光景だ。見知ったものの少なさで現実感が薄いが、この体が、脳が、現実だと理解してしまっている。
「…よいかな?まずは貴君が今いるこの世界だが、貴君の今までいた世界とは別の世界ということになる。」
「はぁ。」
別の世界という言葉に引っかかり、生返事だけを返す。ドッキリなんかを疑って猜疑心を向けるが、王の目は真っすぐだ。
「そして呼び立てた理由だが、数年前に台頭した魔物を従える魔王軍への対抗策とするためだ。」
魔物?魔王軍?聞いたことのある聞き馴染みのない言葉が並んでいく。
「…はぁ。」
「異世界から呼び寄せたものは特別な力を持つという法則を発見した我々は数年の研究の結果術式を構築、貴君の召喚に成功した、というのが事の顛末だ。」
「……はぁ。」
ちんぷんかんぷんである。
「…着いてきておるか?」
「いやぁ、言ってる事は分かるんですけど、意味があんまり…。」
「ふむ…。魔王と戦う戦力となってもらうために特別な力を持つであろう貴君を異世界から呼び立てた、ということだが、どうかな?」
「つまり俺は勇者として異世界転生…、いや死んでないから転移?したってこと…ですか?特殊スキル持ちで?」
「…まぁ、概ねそういうことだな。では早速貴君の力を調べるとしよう。おい。」
王が声をかけると、いかにも魔法の研究者という風体の男が現れ、ブツブツと呟いて杖を向けてきた。
「…これは?」
王ではなく、杖を向けた術者が口を開く。
「貴方に備わる力を調べております。この世界の力の源である精霊の適性や、また別の力が流れていないかを確認しておるのです。以前の研究では石が波動を放つなどして…。」
なんだか説明されているが、スキルチェックということだろうか。…というか、本当にそんな漫画みたいな事があるのだろうか?
勇者と呼ばれるのは、実はそこまで悪い気はしない。更に人のためになるとしたら、取り柄のない自分が役立てるいい機会かも知れない。
なんて思っていると。
「なっ、こッこれは!?」
術者が素っ頓狂な声を上げる。見やると、魔法とやらの効果なのか俺のものだと思われる情報が浮かび上がっていた。そこには──
名前 ワタル・カツラギ
精霊適性 拒絶
特異性質 繝舌Λ繝?
「は…?」
俺まで声を上げてしまった。書いてあるのは拒絶だったり、文字化けした何かだったり、少なくとも穏やかじゃない言葉だった。
「あッありえない!この世界に循環する精霊に適性がないどころか…拒絶するだと!?」
術者は明らかに狼狽している。気になった俺は率直に聞いてみた。
「精霊を拒絶…って、どういうことです?それにこの文字化けしてるのは…?」
術者は興奮気味に答える。
「この世界には精霊が満ちている!空気から物質に至るまでだ!精霊適性は満ちた精霊達に思念を伝えられる度合いを示す!」
まくしたてられているが微妙に分からないでもない。精霊というのは、まぁ魔力みたいなものだろうか。術者は続ける。
「どんな人間でも思念を持つ限り僅かでも精霊適性があるはずだ…!それが拒絶!?拒絶だと!?これじゃ被造物さえ触れないじゃないか!」
イマイチ理解が追い付かない俺を置いて、術者は慌てふためき喚いている。…魔力を受け付けない体、なのかな?
「落ち着かんか!分からないなら試せばよかろう。おい!」
王は術者を宥め、従者達をどこかへ向かわせた。
周りの人間のざわつきを聞きながら待っていると、奥から先程の従者たちが姿を現した。鎧や剣を台に乗せて持ってきている。
先頭の魔術師のような女が話しかけてくる。
「あの…こちらが召喚された勇者様の為に用意された装備品です…。…どうぞ。」
訝しげに渡された装備品は、どれもこれもゲームなら一級品とされそうな代物ばかりだ。
「あ、あぁ。ありがとうございます…。」
まずは目の前の剣に手を伸ばす。何が何だか分からないが、とにかく流れに身を任せてみよう。そうすればいずれスキルとかも──
スカッ。
「…は?」
「…え?」
───見間違いでなければ、持とうとした剣が『避けた』。
装備品を持ってきた魔術師と同時に声を上げた。さっきからよく分からないことが続くが、輪をかけて理解不能だ。
もうキャパオーバーである。
混乱する俺を尻目に、検査を担当した術者が話し出す。
「やはり…!精霊を拒絶するなら、精霊が宿った物体さえ拒絶してしまうのか…!」
王と術者の問答が続く。
「つまり彼の者は魔法も使えず、剣も取れない、と?」
「信じられませんが…。事実彼は剣に避けられました。」
「ふむ…。」
剣に避けられる、だなんて、到底信じられることではない。もう一度、次は鎧の方に手を伸ばす。
スカッ。
まただ。また『避けられた』。
どうやら理解するしかないらしい。異世界にやってきた俺は、『この世界の装備を身につけられない』。
「貴君は…カツラギ、だったな。」
「…え?あ、はい。」
「残念ながら貴君にはこの世界を救う力は無いようだ。呼び立てておいて悪いが、貴君はここで…。」
言葉の端を聞くより先に、目の前が真っ白になった。
せっかく異世界に来たのにここでもお祈りか。メールで何度も見た、己の無力を伝える文言たち。
起きた出来事は嚥下しきれていないが、悔しさが残る。目の前の理不尽に、異を唱えようと声を絞り出す。
「俺、俺は…!」
───ドォォォン!
突如として轟音が響いた。その場にいる全員が、音の鳴った外に意識を向ける。
間もなく、兵士だろう男が駆け込んできて叫ぶ。
「伝令ー!王都中心に魔物が出現しましたっ!近年確認されていた『ワイバーン』だと思われます!」
堰を切ったように室内は騒がしくなる。王のそばに控えていた騎士らしき男が指示を飛ばす。
「非戦闘員は退避と避難誘導をしろ!動ける者は即時対応にあたれ、俺も出る!…王よ、ひとまず下がっていてください。」
兵士たちは外になだれ出ていく。指示を出していた騎士は、こちらにも声をかける。
「貴様も避難していろ!勇者として呼ばれたか知らんが、貴様のような一般人が出る幕ではない!」
そう言うと騎士は走り去っていった。
──俺みたいな一般人には何も出来ない?
腹の底がジリジリと熱くなるような気がする。気付くと、俺の足は外へ向かっていた。明け放たれた扉から踏み出し、外の様子を見る。
街並みは石造りの建物が並ぶ中世ファンタジーと言われて想像できる通りのものだった。
しかしそれより目を引くのは、街中で建物を破壊しながら暴れる黒である。鱗に守られた体、前腕に代わる大きな翼。口にチラつく赤い炎。
伝令で聞いた名前と見た目が合致する。こいつは───
「ワイバーンだ!ワイバーンが出たぞぉー!」
「ギャオォーーッッ!」
人々の声をかき消すように竜は絶叫し、体躯を捻じらせて衝突した建物や人間を壊していく。
声を張り上げて避難誘導をする市民、立ち向かうも強靭な尾や鉤爪に打ち倒れる兵士、逆巻く炎で燻る街並み。
先程まで平穏だったはずの街が、一瞬で崩れ、燃え、悲劇に変わる。
呆然とする俺の足元に、ワイバーンに吹き飛ばされた兵士が転がってきた。息も絶え絶えで、これ以上は命に関わるのが見て取れる。
俺みたいな一般人には何も出来ない?あの騎士の言う通り逃げた方がいいのか?目の前に、今まさに助けが必要な人がいるのに?
考えが巡る、足が竦む。動くはずの体が、その場に釘付けになった。
──俺みたいな一般人には何も出来ない?
─────本当に?
(助けたいと望むなら…。)
頭の中に低い声が響く。恐ろしい悪夢や不穏な文字化けがフラッシュバックするが、思考はいつまでもまとまらない。
(お前が命を賭けてもやりたいのなら…。)
足元の兵士と目が合う。思い過ごしじゃない、この目は、この人は、助けを求めている。
(やってみせろ!その欲望のままに!)
頭に響く低い声は、悪意を孕んだ嘲笑は、押し寄せるノイズの波は……俺を後押しした。
散乱する瓦礫の欠片を投げつける。ワイバーンの意識がこちらに向いたのを確認し、息を吸って大きく声を出す。
「こっちだ!化物っ!」
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