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Ep.6 二人


二週間ぶりに、百恵が私のもとを訪れた。医師たちの必死の処置により私は難を逃れ、ようやく面会が許されるようになった。

「結局、心臓移植どうするつもりなの?」

開口一番、百恵は私にそう尋ねた。

「何度も言わせないで、私は受けない。少なくとも舞衣からは」

息を吐き出しながら、私はサイドテーブルの契約書を手に取る。二カ所を摘むと、百恵に示すように見せながら破いた。

「!? ちょっと! 何やってるの!」

「私なりの意思表示。移植手術は受けない」

「・・・・・・はぁ、それでも紙は取っておくべきだと思うな。気が変わることもあるでしょう」

「別に気は変わらないから。もしも気変わりしたら、百恵が止めてくれるでしょ?」

「・・・・・・。」

その問いかけに、答えが返ってくることはなかった。

それからずっと無言の時間が流れた。未だに体調が万全でない私に許された面会時間はあっという間に過ぎてしまい、百恵は帰った。




その日の夕方。

「もう一度、外出する気はあるかな?」

最後の外出許可になるのだろう。特別行きたいところはないが、最後に外の空気は吸いたい。

「もちろん、許可がもらえるのなら」

「明後日だ。明後日なら許可が出せると思う。是非とも、それまで耐え抜いてほしい」

「そうですか、じゃあ頑張ります」

私がそう返して、数秒の沈黙のあと、

「・・・・・・移植手術の契約書にサインは」

「・・・・・・・・・・・・。するつもりもありません」

先ほどよりも長い沈黙と共に言葉を返した。

百恵か、あるいは神楽舞衣自身から聞かされたのだろうか。それ以上追求してくることはなかった。




   ◇  ◇  ◇




「・・・・・・ん、」

目を覚ますと、普段通りの天井。まだ生きてる。病室のテレビを見ると、日付は最後に医者と会話をしてから2日。

「外出許可は明日、か」

ただ、こんなことがあった矢先、私に許可は下るのだろうか。二日前にまた容体を下し、今の今まで意識不明だった私に。

「ま、そのときはその時だね」

自嘲気味に言葉を漏らし、上体を起こす。今日は体の調子は悪くない。外出できるなら、最後に一度行きたいものだ。


  コンコン

無言で戸を開けた医者は私を見て微笑むと、

「目が覚めたね、よかったよ」

急いているのか、カルテのようなものを片手に見ながら早足で部屋に入る。

「さて、明日の外出許可についてだ。本来なら前日に容体の急変があっては難しい。ただ君が頑張ってきたのは僕もよく知っている」



─────


──────────


────────────────────



そして翌日、私の外出許可が出た。

「医者の僕が言うようなことじゃないが、あえて伝えておこう。心臓移植を受けないのなら、これが最後にの外出になると思う。できるだけ楽しんでおいで」

何度死の淵に追い込まれても、断固として変わらない私の意志を受け止めての言葉だろう。



私はいろんな所を回った。


ついこの間に百恵や舞衣と訪れた遊園地。


幼い頃の思い出を振り返るように次々と。


そして気がついたら、その海岸に足を踏み入れていた。


「ヤッホ。」

「・・・・・・神楽舞衣」




   ◇  ◆  ◇  ◆




「・・・・・・・・・・・・何も、言わないの」

「んー?

「アンタは私に心臓を渡すために作り出された。それを断られて、私を説得しないの?」

「ふふっ。それは麻依が決めることだからね。まぁ最初はするつもりだったけど」

意外にも思えて、また彼女らしくも思えるようだった。

「それに私、思うんだ。私って何だろって」

「・・・・・・アンタは神楽舞衣。一人の人間。少なくとも私はそう思う」

「でも私は戸籍登録をしてないよ。法律的には一人の人間として扱われない」

「だったら私の戸籍でも使えば? 大体そもそもアンタっていう存在が法の外にいるわけだし」

「?! ・・・・・・・・・・・・・・・・・・。」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・。」




「不思議だね。元々は与えるために作り出された私に、貴女は与えようとまでするんだもん」


「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。」






「・・・・・・麻依?」



「麻依。」



「まい!」



「麻依っ!!」




   ◆  ◆  ◆



三ヶ月後。



「・・・・・・まい、、、麻依ぃ」

サビついたパイプ椅子に腰を下ろし泣く百恵の隣に、クローンであった私も腰を据える。

ここには私と百恵、それから事情を知っている医者や看護師と政府の人だけが、麻依を送る身内葬に来ていた。

あの日、月明かりに照らされた砂浜で、神楽麻依の心臓は止まった。医師の必死の対応も虚しく、彼女は帰らぬ人となった。

「ねぇ百恵。私はこれでいいのかな・・・・・・」

とある事情を抱えた私が、正面に向かってそう溢す。

「麻依は、強かった。あの娘なら、なんて言うつもりもない。あの娘自身が、きっとそれを望んでないから」

彼女は再三、自分と私は違う一つの存在だと語っていた。感情も意思もある私は、麻依とは違う一人の人間だと。

けど、と百恵は言葉を続ける。

「けどアンタがウジウジしてないでよ。もっと、あの娘が望んでない。アンタという存在を尊重して、そして自分の意思を曲げず、最後まで “ 強く “ 生きて、そして死んだ」

「それで、いいのかな」

と、私こと神楽舞衣が言う。

「それで、いいんじゃない」

と、私の親友の赤澤百恵が言う。


私は彼女が亡くなったあとで、政府に頼んで戸籍登録をした。正確には乗っ取ったわけだが……。政府側も秘密裏に作った存在にウロウロされるよりも、首輪をつけておいた方が都合が良かったのだろう。意外にもすんなり了承してくれた。

私は今、彼女の戸籍をもらって過ごしている。


彼女はここにいる。私の中にいる。


彼女の心臓の鼓動は、私の心臓の鼓動と、一緒に響いている。


それだけだ。それだけで、いいじゃないか。



これが、ほんの一つの季節も過ぎぬ内にあった、私の物語(まい・ストーリー)だ。




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