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異世界剣士の成長物語  作者: ナナシ
序章
6/80

朝の痛みと、冒険者への道

陽が昇りきる前の、まだ薄明かりが村の屋根をなぞる時間。

クロスは、まるで大木の下敷きにでもなったかのような全身の痛みに目を覚ました。


「……っ、ぅぉ……」


呻き声が漏れる。腕を上げようとして、すぐに諦めた。

筋肉という筋肉が、一斉に抗議の声を上げていた。


(これが……筋肉痛か? もはや“全身が壊れた”って感じだ)


昨日の緊張と疲労が、一晩で一気に襲いかかってきたのだろう。

特に酷いのは足と腰。森で逃げ回り、崖を滑り落ち、川沿いを何キロも歩いた代償だった。


日本にいた時とは違い、藁を敷き詰めシーツを載せただけのベットだが、土や草の上よりははるかにマシだった。


(……生きてるだけ、ありがたいと思わないと)


壁に手をつきながら、なんとか体を起こす。

窓の外からは、鳥の声と、かすかに住民の声が聞こえてくる。村が目覚め始めていた。


簡素な木造の部屋。隅には洗面用の桶と布が置かれていた。顔を洗い、水を飲み、少しだけシャキッとした。


扉を開けると、廊下の先に食堂が見えた。すでに誰かが食事を始めているようで、パンをかじる音が耳に届く。


「おお、起きたか、クロス君!」


豪快な声が響いた。食堂の奥、長いテーブルの中央に座っていたのは、昨日出会った商人——マルコだった。


「おはようございます……マルコさん」


「随分と苦しそうな顔をしているな。はは、筋肉痛だろう? 若者らしくてよいよい」


そう言ってマルコは手招きした。隣の席には、あの護衛のひとり、無精髭を生やした中年の男が座っていた。名前は確か……ダナだったか。


「まあ、座れ。腹が減っているだろう」


「……ありがとうございます」


クロスはゆっくりと椅子に腰を下ろした。木製の椅子の硬さが、筋肉痛の背中にじわじわと染み込む。


目の前には皿が置かれていた。焼いたパンと、スープ。焼き芋のような芋類と、香草らしき緑の葉が数枚添えられている。


(……質素だな)


クロスは慎重にパンをちぎり、スープにつけて口に運ぶ。

柔らかいが、味がしない。塩気も出汁もなく、温度だけが“スープらしさ”を保っている。


「……あれ? これって、スープですよね?」


「ははっ、気づいたか。そう、こちらの村じゃ“調味料”ってやつは贅沢品でな。とくに塩は高い。都市部ならもう少しマシだが、ここは山の村だからな」


マルコが苦笑しながらパンをかじる。


「それでも、朝からこれだけ食えるのはありがたいことだ。大方の村では粥だけで済ませるところもあるからな」


クロスは少し驚いた。現代日本では考えられない貧しさだが、それでも皆当たり前のようにそれを受け入れている。


(……俺、異世界に来たんだな)


改めて、その事実が胃に重くのしかかった。


ダナがくちゃくちゃと芋を噛みながら口を開いた。


「それよりもお前さん、今日はどうするんだ? まさか、このまま村にいるってわけじゃあるまい」


「えっと……お金を持ってないので仕事があればと思ってるのですが」


「それなら冒険者ギルドだな。こんな小さい村だが支部がある」


マルコが笑いながら補足した。


「普通はベルダ村のような小さな村にはギルドの支部はないんだが、なぜか村の近くに小型の魔物が多く生息するようになった。その為10年ほど前に作られたそうだ。まぁ、討伐依頼も、スライムや小動物ばかりで、初心者には丁度いい。登録して、基礎を学ぶには最適な場所だよ」


「……よかった。」


「だが、いくつか条件がある」


ダナが手を挙げて指を一本立てた。


「まず、ギルド登録には“身分証”が必要だ。持ってるか?」


「……いえ、持っていません」


「なら、ギルドで“仮登録”という形になる。仮登録でも依頼は受けられるが、報酬が制限される。信用ってやつだな」


「なるほど……」


「身分証がない奴は珍しくない。孤児や、他国の出稼ぎなど、いろんな奴がいる。だが、そういうのを全部受け入れるためにギルドって仕組みがあるんだ」


マルコが腕を組んでうなずいた。


「ギルドは、国とは別の中立機関だからな。人種も出自も関係なく、働けば食える。それがギルドの理念だ」


「……すごいですね」


「だが、自由には責任が伴う。依頼を途中で放棄したり、問題を起こせば、すぐに登録抹消。下手すりゃ賞金首扱いだ」


ダナがにやりと笑う。その笑みが、冗談ではないことを伝えていた。


クロスは小さく息を呑み、真剣にうなずいた。


「わかりました。……ちゃんとやります」


「うむ、それでいい。仕事で結果を出せば仮登録から正規登録になる。あと必要なのは……装備か」


マルコが視線をクロスの腰に向けた。そこには昨日使った、ただの木の棒がぶら下がっていた。


「……それ、まさか武器じゃないよな?」


「……はい。魔法が使えると思ったんですが、発動しなくて……仕方なく拾いました」


「なんだお前、魔物を攻撃出来るほどの魔法が使えるのか!?」


ダナが驚いた声を上げた。

彼が驚くのも無理はない。この世界では魔法は全て人が発動できる。ただし、魔物を討伐できるほどの威力で発動できるのは10人に1人程度なので、仲間に加えられるかが冒険者としての成功に大きく関わってくるからだ。


だがクロスはすぐに首を振った。


「いえ、使えると思ってただけです。まだ、まったく発動できなくて……」


「なーんだ。期待させやがって。まぁ、魔法ってのはしっかりと指導されないと正しく発動しないからな。知識がないやつには無理だ」


「そうだな。冒険者ギルドでも基礎魔法訓練がある。そっちも受けてみるといい」


マルコが椅子から立ち上がり、テーブルを叩いた。


「よし、それなら朝食が済んだら、ギルドまで案内しよう。わしも今日は荷を降ろしたばかりで時間がある。ついでにギルド長の所にも顔を出しておきたい」


「本当ですか!?」


「当然だ。ここまで来たのだから、面倒見てやらんとな」


クロスは、感謝の気持ちを抑えきれず、深々と頭を下げた。


「本当に、ありがとうございます……!」


「礼は要らんよ」


朝の光が、食堂の窓から差し込む。


異世界の生活は、まだ始まったばかりだ。

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