帰還と決意
ゆるやかな陽光が差し込む昼下がり。クロスは静かに目を覚ました。天井の木材の節目がゆらぎ、風の音がどこか遠くに聞こえる。ぼんやりとした頭の中で、かすかな痛みと鈍い重さが身体を包んでいることに気づく。
(……ここは)
ゆっくりと視線を巡らせると、そこは村長の家の一室だった。厚手の布団に寝かされており、隣の布団にはガイルが、少し離れたところにはマルダが横たわっていた。
「……ようやく目覚めたか、剣士さんよ」
声の主は、隣の布団に横たわるガイルだった。腕には包帯が巻かれ、肩から胸元にかけては血の滲んだ包帯が見えたが、目元にはいつもの皮肉交じりの余裕が戻っていた。
「ガイル……無事、ってわけじゃなさそうだけど、生きててよかった」
クロスがかすれた声で言うと、ガイルは片目をつむって笑った。
「お互い様だ。あのまま死んでたら、酒の席で武勇伝の一つも語れねぇからな」
さらに隣から、もう一つの声が続いた。
「あんたも生きてたか。……それで十分さ。私は片目を失ったが、あれだけの戦いで命が残っただけでも奇跡だ」
マルダだった。片目に包帯を巻き、顔の半分が腫れ上がっていたが、穏やかな笑みを浮かべていた。その表情には痛みも疲労も滲んでいたが、それでも、どこか晴れやかなものがあった。
「マルダさん……その目……」
「運が良かった。頭を潰されかけたが、命は拾った。目の一つくらい、安い代償さ」
淡々と語るその声に、クロスは言葉を詰まらせた。
それでも――生きている。それだけで、十分だった。
3人が静かに語り合っていたその時、ドアが開き、ナタリー教官が姿を現した。顔には疲労がにじんでいたが、その表情はどこか安堵の色を含んでいた。
「……全員、起きていたのね。良かった」
「ナタリー教官……」
ナタリーは室内を見渡してから、やや真面目な口調で話し始めた。
「町からの応援がアミナ村に到着したわ。だから、あなたたち三人の体調を見て、ベルダ村に戻ることに決めた。……重症者に無理はさせない。アミナ村から馬車を借りたから、安心して」
クロスたちはうなずいたが、その表情はどこか引き締まっていた。戦いの傷は肉体だけでなく、心にも深く残っている。
「それと……ラグスティア町から来た4級冒険者――グレイスを中心に、あのブラッドゴブリンやゴブリンシャーマンがどこから現れたのかを調査することになったわ。そのため、私とリオンはアミナ村にしばらく残る」
クロスたちはその言葉にうなずいた。
その翌日、朝早く。
クロスたちとベルダ村の冒険者全員が村の北にある丘に集まっていた。そこには、ベルク教官とゼルスのために作られた、二つの新しい墓があった。
ラグナが前に立ち、静かに頭を垂れる。
「……ベルク教官、ゼルス。ありがとうございました」
誰一人言葉を交わさず、ただ祈るように墓前に頭を下げた。
その後、ラグナの指揮のもと、帰還組はベルダ村へと向かった。アミナ村の村人たちや、ナタリーとリオンが村の入口まで見送りに来ていた。
クロスたち重症組は馬車に乗せられ、ガタガタと揺れる荷台の中で空を見上げていた。吹き抜ける風は心地よく、だが、心の奥底には消えない痛みが残っていた。
(……また、誰かを失わないために。俺は、もっと強くならなきゃ)
クロスは、かすかに瞳を閉じた。
道はまだ始まったばかりだった。




