夜明けの痛み
戦いが終わった後の静けさは、まるで夢の中の出来事のようだった。
あれほどの血の匂いと咆哮、怒声が渦巻いていた場所に、今は重苦しい沈黙だけが残っていた。
村は辛うじて守られた。
柵は半壊し、地面には魔物の死骸が転がっている。倒れた冒険者たちは、傷ついた体を癒す暇もなく、それぞれの役目に就いていた。
そしてクロスは、村長の家の一室で静かに眠っていた。
「……っ」
クロスは、鋭い痛みに呻いて目を覚ました。
真っ先に襲ってきたのは、全身に走る灼けるような痛みと、喉の乾き。だがそれ以上に、目を開けたこと自体が信じられない。
「……ここは……」
柔らかな布団の感触、窓から差し込む昼下がりの陽射し。
見慣れない天井に目を向けながら、クロスは徐々に意識を取り戻していく。
「気がついたのね……!」
声と同時に、クロスの顔を覗き込んだのはサラだった。
赤く腫れた目元と、緩んだ表情が、どれだけ心配していたかを物語っていた。
「……どれくらい……寝てたんだ……」
「戦いの後からずっとよ。今は……もう昼過ぎ。ほとんど丸一日経ってる」
クロスは少し身を起こそうとして、すぐにやめた。全身の筋肉がきしむように痛み、骨が砕けたかのように重い。
「みんなは……無事か?」
サラの顔が少し曇る。その反応だけで、クロスは何が起きたのかを察してしまう。
「……村は、守られたわ。魔物は全て退けた。でも……」
クロスは黙って続きを待つ。
「ベルク教官が……倒されたの。ブラッドゴブリンの一撃を受けて……」
クロスの胸が締めつけられた。
ベルク――無骨で不器用だったが、剣術を教える腕は本物で、毎日のように厳しい訓練を重ねてくれた男。
何度も斬り結び、何度も倒され、そしてようやく最近は一太刀入れられるようになっていた。口調は荒く、怒鳴られることも多かったが、それでも確かな信頼と絆があった。
「……あの人が……」
呟いたその声は、誰に向けたものでもなかった。
「ゼルスも……シャーマンとの交戦で……。私、詳しくは見てないけど、火魔法を……正面から受けたって……」
ゼルス。今回の戦闘で初めて共に戦った魔法使い。
だが、以前から何度か訓練場で顔を合わせていた。魔法に対する厳しい姿勢と、術式の構築に妥協しない性格を思い出す。
それでも、魔法を扱う者として、どこかで尊敬していた。
その彼も、もう……。
「……他の皆は?」
「あなたと……ガイル、それにマルダが重傷。でも、生きてるわ。マルダは……片目を……」
サラの声はそこで小さくなった。
クロスは息を詰まらせ、拳を握った。負傷した仲間。失った片目。その痛みと恐怖を思うと、何も言葉が浮かばなかった。
「それ以外は、何とか……生きてる。フリーダ、リオン、ラグナ、ロイ、ハンス、セルス、ハナ。皆で村の周辺を見回ってるわ。もう魔物が来ないようにって……」
「ナタリー教官とミトは?」
「村人たちと協力して、新しい柵を作ってるわ。……守るために」
クロスは天井を見つめながら、静かに目を閉じた。
守りたかった。みんなを、村を。
自分にできることは、ほんの少ししかなかったけれど、それでも全力を尽くした。
けれど、届かなかった命があった。失われた笑顔があった。
それでも、生きている者は進まなくてはいけない。
「……ありがとう、サラ。教えてくれて……」
「無理しないで。治療魔法の副作用で全身が激痛で寝れないと思うけど、今日は……もう、休んで」
クロスは小さく頷き、深い息を吐いた。
次第に意識が再び霞んでいく。
重く、切ない現実を胸に抱きながらも、クロスは眠りへと落ちていった。
今はまだ、傷を癒す時。
そして、また前に進むために――。




