防衛線
ナタリーは村の中心に皆を呼び寄せ、防衛計画を確認するための簡単なブリーフィングを行っていた。
「――いい? 今回の戦いは、村そのものを守るためのもの。村人たちは中央広場の周囲に集まって避難を済ませたわ。私たちはその周囲を囲む形で配置に就くけど、それだけじゃ不十分。村の外周に堀を掘って、侵入を防ぐ」
ナタリーの言葉に、仲間たちがそれぞれ頷いた。
ゼルスが杖を軽く地に突き、面倒そうな声で呟く。
「土魔法で空堀を作るのは可能だ。ただ、広範囲をやるなら時間も魔力量もかかる。どう分担する?」
「俺も土を扱える。魔力量はお前ほどじゃないが、協力できるぜ」
ロイが大斧を担ぎながら応じる。陽気な声とは裏腹に、その目は真剣だった。
「助かる。ロイ、お前は土を掘る作業も並行して頼む。フリーダ、お前とガイルは南東側の防衛を任せる。木材を使ったバリケードの設置も併せて進めてくれ」
ナタリーが指示を出すと、フリーダがにっと笑った。
「了解。あたしらで鉄壁の壁を築いてやるさ。なあ、ガイル?」
「……任せろ」
ガイルは静かに応じ、すでに工具を手に動き始めていた。
ミトはクロスの肩を軽く叩いた。
「ほら、あんたも行くよ。堀を掘るのは剣の訓練にもなるんだからさ」
「はい!」
クロスは大きく頷くと、スコップを手にし、ミトの後に続いた。
ラグナが静かに歩み寄り、ナタリーに声をかける。
「北側を沼地化する。水魔法なら得意分野だからね」
「助かるわ、ラグナ。だけど気をつけて。使いすぎると消耗が激しいから、配分を考えて」
「了解。無理はしない」
ラグナはそれ以上多くは語らず、すぐに持ち場へ向かっていった。
一方、マルダは村の屋根に上り、視界の利く位置から周囲を確認していた。目を細めて何かを探るように地平線を睨みつけていた。
「まだ動きはない。でも時間の問題だな。油断すれば、あっという間に囲まれる」
それを聞いたリオンが静かに呟いた。
「森の風向きが変わっている。奴らが動けば、必ず気配が届く。私がその兆候を察知する」
「流石ね、リオン。あなたの目と耳に頼るわ」
リオンも軽く顎を引いて応じる。
クロスは、ミトと共に北東側の堀を掘っていた。汗が額から滴り落ち、剣を振るうよりも重労働だったが、仲間のために体を動かすこの作業が、どこか嬉しかった。
「ミトさん、これで……堀は十分ですか?」
「……まだ浅い。ここから半身までは沈む深さが理想ね。急ぎましょう」
「はい!」
クロスは歯を食いしばり、スコップを強く突き立てた。
その近くではサラが傷薬の確認をしながら、ハナと会話していた。
「ねぇ、もし戦闘が長引いたら、どれくらい回復できると思う?」
「怪我の重症度にもよるけど、あたしはせいぜい五回分くらい。サラは?」
「私は……七回は持つかな。だから本当に必要なときにだけ使う。皆が倒れたら、それで終わりだけど……」
「うん……分かった」
2人は目を合わせ、小さく頷き合った。
セルスとハンスは屋根上に陣取り、弓の確認を行っていた。
「射線は確保できる。あとは、風向きが変わらないことを祈るだけだ」
「だな。あと二十本も矢があれば万全だったが……どうにも心もとない」
セルスが矢筒を軽く叩いた。
「当てればいいんだよ、一発で」
「言うねぇ……でも、それができるのが俺たち狩人だ」
2人は不敵に笑い、弦を張り直した。
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日が傾き始めるころには、村の周囲には簡易な防壁と堀、そして部分的に水魔法でぬかるんだ地面が広がっていた。
その中央に立つナタリーが、村を一望しながら静かに言った。
「……これが今、私たちにできる精一杯の防衛線。あとは、来るべき戦いに備えるだけ」
クロスは、その横で深く息をついた。
仲間たちの動き、言葉、その一つ一つが彼の胸に刻まれていく。
力とは何か。その問いに対する答えを見つけるため、彼は剣を握ってここにいる。
やがて空は赤く染まり、夜が近づく。
戦いの火蓋は、もう間もなく切られる。




