夜明けを待つ
アミナ村へ到着し、防衛の打ち合わせを終えた夕刻。ナタリーはクロスを伴い、村の中心にある木造の屋敷へ向かった。日も傾き、橙色の光が村の影を長く伸ばす頃合いだった。
屋敷の中では、村長――五十がらみの壮年男性が彼らを迎えた。顔には深い皺が刻まれ、表情からもここ数日の緊張と疲労が滲んでいた。
「このたびは、村のためにお越しいただき……本当に、ありがとうございます」
「いえ、こちらこそ。少しでも力になれればと思っています」
ナタリーは穏やかに応じた後、椅子に座ると本題へと移る。
「さっそくですが、村の状況についてお伺いします。被害の状況、そしてこれまでの魔物の動向について教えていただけますか?」
村長はしばし言葉を選ぶように口を閉じ、それから低く、静かに語り出した。
「家畜が何頭も襲われました。夜間の見張りをしていた若者が一人……戻ってきていません。村の畑も荒らされ、今では夜に出歩く者は誰一人いません」
クロスは唾を飲み込んだ。現実の重さが、じわじわと胸に染み込んでくる。
「……状況は想像以上に悪いようですね」
ナタリーは短く呟き、それから真剣な口調で続けた。
「今後の展開次第では、防衛が不可能になる可能性もあります。そうなった場合、村を捨て、ベルダ村まで避難する判断をお願いすることになるかもしれません」
村長は目を閉じ、深く、重い息を吐いた。
「……村の者たちの命が助かるのならば。覚悟はしております」
ナタリーは小さく頷くと、立ち上がったクロスと共に屋敷を後にした。
広場に戻ると、ラグナが見張りの割り振りを終えたところだった。青髪を夜風に揺らしながら、ラグナはナタリーに気づくと静かに歩み寄ってくる。
「ナタリー教官。見張りの割り振りですが……最後の班は、ナタリー教官、クロス、ガイル、ミトの四名にお願いします」
「了解。交代は深夜から夜明けだね?」
「ええ。申し訳ありませんが、指揮役のナタリー教官にもお願いする形となります。疲れているとは思いますが、お願いします」
「問題ないよ。ありがとう、ラグナ」
ナタリーが柔らかく微笑むと、ラグナは安堵したように一礼して立ち去っていった。
夜が更け、見張りの交代時間が迫ってきた。クロスたちは村の防衛拠点のひとつ、簡易見張り台へと上る。
「……本当に、何が来るかわからないんですね」
クロスがぽつりと呟くと、隣のミトが肩をすくめた。
「だから目を光らせておくんだよ。どこで誰を襲ってくるかなんて、魔物は教えてくれないからね」
槍を構えたガイルは無言だったが、その横顔は鋭く、夜の空気を切り裂くような気迫を宿していた。
ナタリーもまた、背に長剣を背負いながら視線を遠くに向けていた。普段の柔らかな雰囲気からは想像できないほどの静けさと覚悟がその背中に漂っていた。
「何も起こらなければそれが一番。だが油断した時こそ、襲われるからね」
ナタリーの言葉に、クロスはごくりと唾を飲み込み、剣の柄を握る手に力を込めた。
月は高く、空気は冷たい。風の音すら緊張を煽るように感じられる静寂の中、見張りは続いた。
そして――ようやく、東の空がかすかに白み始めた。
「……夜明け、か」
クロスは小さく呟く。
剣を抜くこともなく、しかし緊張に満ちた夜を乗り越えたことが、ほんの少しだけ自信に繋がった。




