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異世界剣士の成長物語  作者: ナナシ
一章
31/167

商人と、届かぬ魔法

「う、うまい……っ! これ、ほんとにこの村の食材だけで作ったのか?」


旅商人アシュレイの護衛の一人が、感嘆の声をあげる。

風見草亭の食堂には、湯気の立ちのぼる皿が次々に運ばれていた。


「このグラッシィの煮込み……柔らかいのに、しっかり味が染みてる。香草が違うのか……?」


「うちの街じゃこんな味は出せねぇぞ」


護衛たちの歓声が止まらない。

アシュレイ本人も昼間の食事で調味料のレシピを買い取ったので、わかっているつもりではいたが、レパートリー残りは充実ぶりに、マリアに対して感心しきりの様子だった。


「本気で……この村に店、開いてもいいんじゃないか?」


「護衛の仕事もいいけど……ここで定住ってのも悪くないかもな……」


まさかの一言に、周囲の護衛たちも思わず頷く。

旅を続けることが前提だった彼らでさえ、この村の「食」が与える衝撃に、心を揺さぶられていた。



その頃、クロスはギルドの訓練場にいた。

木剣を握り、額に汗を滲ませながら素振りを繰り返す。


「……どうしても、あと一手が遅れる……」


一人呟きながら動きを止め、息を整える。

このところの戦闘で、自分の未熟さを痛感していた。

日本の道場で技のキレには自信があったが、実践は全くの別物と理解させられた。

もっと速く、もっと確実に――その想いが剣に力を込める。


一息ついた時に、訓練場に姿を現したグレイ教官に声をかけた。


「教官……ひとつ、質問いいですか」


「なんだ?」


「氷魔法なんですが……この間使った《アイスタッチ》や《フロストショット》の他に、もう少し応用的な魔法って、この村で学べるんでしょうか」


グレイは腕を組み、静かに首を振った。


「悪いが、うちのギルドじゃそこまで教えられる魔法使いはおらん。元々、魔法そのものを専門にするような環境でもないし……」


「そうですか……」


「学びたいなら、他の町だな。王都には属性ごとの魔法学派もあるし、街道沿いの中規模都市でも、それなりの教官はいる」


クロスは小さく頷いた。


(やっぱり……この村だけでは、限界がある)


ただ、それでも。今はまだここで、やるべきことがある。

剣も、魔法も。基礎がなければ、どこに行っても通用しない。


「わかりました。……まずは、今できることを全部やります」


その言葉に、グレイはわずかに口元を緩めた。


「その意気だ。焦らず行け。魔法も剣も、急いだところで身体は一つしかねえんだからな」


「はい!」



それから数日、クロスはより一層訓練に身を入れるようになった。

朝は雑用仕事、昼は薬草採取や間引き依頼。戻れば訓練場で剣を振り、夜は村外れで魔力を鍛える。


「凍てつく雫よ、我が敵を撃て――《フロストショット》!」


指先に集まる冷気の感触にも、少しずつ慣れてきた。

かつては成功させるだけで精一杯だったが、今は的を狙って当てる精度が上がってきている。


(まだまだ、だけど……)


クロスは空を見上げる。遠くの雲の向こうに、見えない何かがある気がした。


(この村での積み重ねが、きっと――)


その胸の中には、静かだが確かな情熱が燃えていた。

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