商人と、届かぬ魔法
「う、うまい……っ! これ、ほんとにこの村の食材だけで作ったのか?」
旅商人アシュレイの護衛の一人が、感嘆の声をあげる。
風見草亭の食堂には、湯気の立ちのぼる皿が次々に運ばれていた。
「このグラッシィの煮込み……柔らかいのに、しっかり味が染みてる。香草が違うのか……?」
「うちの街じゃこんな味は出せねぇぞ」
護衛たちの歓声が止まらない。
アシュレイ本人も昼間の食事で調味料のレシピを買い取ったので、わかっているつもりではいたが、レパートリー残りは充実ぶりに、マリアに対して感心しきりの様子だった。
「本気で……この村に店、開いてもいいんじゃないか?」
「護衛の仕事もいいけど……ここで定住ってのも悪くないかもな……」
まさかの一言に、周囲の護衛たちも思わず頷く。
旅を続けることが前提だった彼らでさえ、この村の「食」が与える衝撃に、心を揺さぶられていた。
⸻
その頃、クロスはギルドの訓練場にいた。
木剣を握り、額に汗を滲ませながら素振りを繰り返す。
「……どうしても、あと一手が遅れる……」
一人呟きながら動きを止め、息を整える。
このところの戦闘で、自分の未熟さを痛感していた。
日本の道場で技のキレには自信があったが、実践は全くの別物と理解させられた。
もっと速く、もっと確実に――その想いが剣に力を込める。
一息ついた時に、訓練場に姿を現したグレイ教官に声をかけた。
「教官……ひとつ、質問いいですか」
「なんだ?」
「氷魔法なんですが……この間使った《アイスタッチ》や《フロストショット》の他に、もう少し応用的な魔法って、この村で学べるんでしょうか」
グレイは腕を組み、静かに首を振った。
「悪いが、うちのギルドじゃそこまで教えられる魔法使いはおらん。元々、魔法そのものを専門にするような環境でもないし……」
「そうですか……」
「学びたいなら、他の町だな。王都には属性ごとの魔法学派もあるし、街道沿いの中規模都市でも、それなりの教官はいる」
クロスは小さく頷いた。
(やっぱり……この村だけでは、限界がある)
ただ、それでも。今はまだここで、やるべきことがある。
剣も、魔法も。基礎がなければ、どこに行っても通用しない。
「わかりました。……まずは、今できることを全部やります」
その言葉に、グレイはわずかに口元を緩めた。
「その意気だ。焦らず行け。魔法も剣も、急いだところで身体は一つしかねえんだからな」
「はい!」
⸻
それから数日、クロスはより一層訓練に身を入れるようになった。
朝は雑用仕事、昼は薬草採取や間引き依頼。戻れば訓練場で剣を振り、夜は村外れで魔力を鍛える。
「凍てつく雫よ、我が敵を撃て――《フロストショット》!」
指先に集まる冷気の感触にも、少しずつ慣れてきた。
かつては成功させるだけで精一杯だったが、今は的を狙って当てる精度が上がってきている。
(まだまだ、だけど……)
クロスは空を見上げる。遠くの雲の向こうに、見えない何かがある気がした。
(この村での積み重ねが、きっと――)
その胸の中には、静かだが確かな情熱が燃えていた。




