戦うことの先
朝霧がうっすらと立ち込める中、クロスは仲間たちと共に村を出発した。今回の任務は、近くの林に巣を作っているラットマンの間引き。初めての前衛としての任務。緊張が全身を支配していた。
同行するのは、7級冒険者の槍使い・ガイルと、8級の剣士・ミト。どちらも研修や訓練か世話になった先輩だが、今日は共に命を預ける仲間だった。
小道を外れた雑木林の中、耳をすますと、草を踏みしめる細かい音が聞こえた。やがて、木々の影から、薄汚れた灰色の毛皮をまとった魔物――ラットマンが二体、姿を現す。
「クロス、前に出て。落ち着いて、動きをよく見てから斬りかかって」
ミトの声が静かに響く。
クロスは喉が渇くのを感じながらも、剣を構えて前へ出た。小柄で素早いラットマンの動きに一瞬、視線を取られるが――
「くっ……!」
一歩踏み出し、斜めから切り上げるように振るった剣が、ラットマンの肩を裂く。魔物は悲鳴を上げて飛び退いた。
「もう一体、左から来るぞ!」
ガイルの警告と同時に、クロスは横に跳んだ。寸でのところで爪の一撃をかわし、体勢を立て直す。背後からミトが駆け寄り、すれ違いざまにラットマンの背を斬った。
「よし、初撃は上出来だったな」
初めてまともに剣が通った感触。だが、心臓の高鳴りと手の震えが止まらない。
その後、ラットマンの巣に近づくにつれ、再び物音が増え始めた。今度は三体。しかも、金属片を巻きつけた棍棒を持っている。
「俺が一体を引きつける。クロス、右を取れ」
ガイルが短く指示する。
クロスは指示通り右に回り込み、ラットマンと向かい合った。先程よりも冷静に動けている自分を感じながら、敵の動きを待つ。
ラットマンが踏み込んで棍棒を振り下ろしてくる。クロスは半歩後退してかわし、剣を横薙ぎに振るう。だが、相手は素早く体をひねり、それを受け流した。
「っ、まだ甘い……!」
次の瞬間、横からミトの剣が突き刺さり、ラットマンが崩れ落ちた。クロスは息を荒げながら立ち尽くす。
「今のは悪くなかったわね。だけど、一対一ならあんたが死んでたわ。敵の癖を見るまでは無理に切り込むんじゃないよ」
ミトの冷静な言葉が、重く響いた。
巣への道、草むらの中から突然飛び出してきた影――四体のラットマンだった。しかもそのうちの一体は、体格がひとまわり大きい。おそらく群れのリーダー格。
「群れのリーダー!⁉︎ここて仕留めるしかないぞ!」
ガイルが前に出て構える。
戦いは一瞬で混乱に変わった。クロスも剣を握りしめ、ラットマンの一体に斬りかかる。しかし――
「ぐっ……!」
脇腹に爪がかすめた。服が裂け、皮膚が裂ける痛み。だが、後ろに下がる暇はない。震える腕で剣を振るい、どうにか反撃の一撃を叩き込む。
血が滲む。息が苦しい。
それでも、必死で戦った。ガイルの槍が敵を貫き、ミトの剣が群れを切り裂く。クロスも叫びながら剣を振るい、三体を倒した。
残りはリーダー1体。しかし、ガイルもミトじっと構えて動かない。クロスは自分が動けば2人に迷惑が掛かると思いじっと剣を構えた。
先に動いたのはリーダーのラットマン。それをミトが正面から受け止め、ガイルがミトの身体の横から鋭い突きを放った。ラットマンは死角からの一撃を避けきれずふらつく。そこをミトがトドメを刺して戦闘は終わった。
2人の戦いが終わるのを見届けてからクロスも残心を解き、倒れそうな体を起こしながら、クロスはポーチの中から治療薬の小瓶を取り出した。
「……あの薬草、こんなに効くんだな」
淡い緑色の液体を飲み込みながら、ふと過去の薬草収集の仕事を思い出す。
傷が熱を帯びながらも、じわじわと塞がっていくのを感じた。
「おい、クロス」
ミトが笑いながら言う。
「治療魔法の出番じゃなくてよかったわね。あれは痛いぞ〜、地獄みたいな痛みだからね」
「……マジですか」
クロスは青ざめた顔で苦笑した。
帰り道、ガイルがぽつりと呟いた。
「最初に比べりゃ悪くないが、まだ力任せが目立つな。もっと呼吸と間合いを考えろ」
「はい……」
「ま、今回は3回も戦闘があったんだ。よくやったわよ」
ミトが肩を叩いてくれた。
ギルドに戻ったとき、クロスの服はボロボロだったが、その目は研ぎ澄まされた何かを宿していた。剣を振るう意味。命を賭けて守る意味。それを知った日だった。




