剣の重さ、命の重さ
「クロス、今日は初めての“間引き依頼”だ。気を引き締めていけよ」
朝一番、ギルドの受付でゴルに声をかけられたクロスは、荷物袋を背負いながら小さく頷いた。
訓練と雑用、薬草収集ばかりだったこれまでとは異なり、今回は明確に“戦闘”を目的とした任務だった。
「おう、行くぞ」
同行するのは、先輩冒険者のミトとガイル。剣士と槍使いで、研修時にも世話になった二人だ。
向かうのは村の西の林。スライムとゴブリンの増加により、周辺住民の畑を荒らす被害が出始めているという。
三人は小道を抜けて森に入り、獣道のような場所を進んでいく。湿った空気とともに、鼻をつく生臭い匂いが漂っていた。
「……出るぞ、前方!」
ガイルの低い声が飛び、クロスは息を飲んだ。
木陰から現れたのは、赤みがかった皮膚のゴブリンと、ぷよぷよと揺れる淡青色のスライム。
その瞬間、空気が変わった。
(なんだ、これ……)
冷や汗が背を伝う。目の前に広がるのは、紛れもない“殺し合い”の気配。
研修時には、教官が常に最前線に立ち、自分は後ろから見守られていた。だが今は違う。剣が交わされる音も、魔物の唸り声も、真正面から感じている。
「行くよっ!」
ミトが素早く踏み込むと、鋭い軌道でスライムを斬り裂いた。剣先を振り抜き、手際よく粘液を避けるように後退する。
「来るぞ、下がってろクロス!」
ガイルが躍り出て、低く構えた槍でゴブリンの突進を迎え撃つ。瞬間、乾いた骨の砕ける音が響き、ゴブリンは呻きながら倒れた。
息を飲む暇もないまま、残りのスライムとゴブリンたちを、二人は手早く片付けていく。
クロスはその戦いを、ただ見つめていた。剣に手をかけることすらできなかった。
(これが……本物の戦い……!)
最後の一体が倒れ、辺りが静けさを取り戻した頃には、足が震えていた。
「クロス、大丈夫か?」
「……はい、なんとか」
素材回収を手伝いながら、クロスは己の未熟さを噛み締めていた。
⸻
村へ戻った後、ギルドで報告を終えた三人は、ゴルの案内で素材保管室へと移動した。
「これが……さっきの魔物の素材……?」
「そうだ。ほら、このスライムの核。これを加工すると、安価な魔導具の素材になる。あとは皮膜や粘液も、薬や接着剤の材料だな」
「ゴブリンは牙や爪が武器の強化素材に使われる場合もある。まぁ等級が低いから数を揃えないとだけどな」
ゴルとミトが淡々と説明する中、クロスは改めて実感していた。
人が生きるために、魔物を殺す。その事実を、ようやく身体の奥で理解した。
(これが、“冒険者”の仕事……)
その夜、宿に戻っても、クロスはずっと考えていた。
命を奪う重さ。生きるために、誰かがそれを担っている現実。
守られる側から、守る側へ――
まだ足りない。剣も、魔法も、覚悟も。
(俺は、強くならなきゃいけない)
そう思った時、ようやく眠気が訪れた。
明日も訓練が待っている。守るために、強くなるために。




