凍る刃の可能性
「ふぅ……今日も無事に終わったな」
日が傾き始めた頃、クロスは肩に掛けた荷袋をギルドのカウンターに置いた。
袋の中には丁寧に収穫された薬草が詰まっている。同行していたのは狩人のカイルと薬師見習いのエル。彼らと一緒に外へ出るのはこれで三度目だ。
この二週間、村の外での活動は順調に進んでいる。幸いなことに魔物とは一度も遭遇せず、緊張感はありつつも、薬草採取の任務は問題なくこなせていた。
だが――
(本当は、もっと魔法の実戦を試したい。けど、村の外じゃ目立つ行動はできないし……)
クロスは、仕事の後にこっそり村の外れへ足を運ぶ日々を送っていた。
《フロストショット》や《アイスタッチ》の威力や精度を、現代の知識で高めようと試行錯誤している。
たとえば、《フロストショット》では、水蒸気の凝結や温度変化を意識することで、冷却速度や氷弾の硬度に変化が現れる。
《アイスタッチ》も、「ただ冷やす」のではなく、「冷却面積」「冷却深度」などを意識することで、凍らせる範囲や速度が少しずつ向上してきていた。
(でも、やっぱりアイスタッチは近接が前提なんだよな……)
スライムや表面が硬い魔物には有効でも、接触が必要という点は大きなリスクになる。
そのため、実戦投入にはもう少し準備が必要だとクロスは感じていた。
◇ ◇ ◇
その夜、宿に戻ったクロスは、夕食後に女将さんに声をかけた。
「ねえ、女将さん」
「どうしたんだい? また倒れるほど魔法使いすぎたんじゃないだろうね?」
「ち、違いますって! あの、それなんですけど……魔法、特に《アイスタッチ》っていう、触れたものを凍らせる魔法があるんです」
「ふむふむ、クロスが最近よく訓練してるやつね。で、それが?」
「もし、宿で“ものを凍らせる”ってことが必要だったら、何か役立てないかなって……。冷蔵保存とか、氷を作るとか……」
女将は顎に手を当てて考え込んだ。
「冷やすことねぇ……。夏場なら食材を長持ちさせたり、水を冷たくしたりできるかもだけど……今は春だからそこまで困ってるわけじゃないのよね」
「……そっか」
「でも、いずれ夏になったら氷の魔法って便利になるかもね。水を冷やしてお客さんに出したら、きっと喜ばれるわ」
クロスはそれを聞いて、目を輝かせた。
「それなら、もっと訓練して役立てるようになります!」
「やる気なのはいいけど、倒れない程度にね。魔力枯渇のクロスくんがまた出てきたら、女将さんの心臓に悪いから」
「……気をつけます」
◇ ◇ ◇
次の日の訓練後、クロスはギルドの裏手にある訓練場に足を運び、グレイ教官に声をかけた。
「教官、ひとつ相談いいですか?」
「またか。次は何を考えたんだ?」
「《アイスタッチ》についてです。スライム相手に有効だって聞いたんですけど、近づかないと使えないっていうのが、やっぱり怖くて……」
「まあな。発動には接触が必要だから、剣や拳に乗せて使うのが普通だ」
「それで、剣にアイスタッチを使って“冷やす剣”みたいにできれば、斬撃時の効果が上がるんじゃないかって……」
「なるほど。冷えた剣なら、スライムや甲殻系魔物の粘性を凍らせて動きを鈍らせるかもしれん」
グレイは腕を組んで少し考え込んだ。
「ただし注意点も多い。冷やしすぎて手が滑ったり、剣にひびが入ったりする可能性もある。訓練用の剣で試してからにしろ」
「はい!」
クロスは訓練用の短剣を手に取り、集中する。
「冷たき精よ、我が手に宿り、触れるものを凍てつかせよ――《アイスタッチ》」
白い霜が剣の刃先を包む。
まだ全体を均等に冷やすには至っていないが、着実に変化が見られる。
(もっと精度を高めれば、実戦でも使える。冷やす速度、深さ、範囲……全部イメージ通りにできるようになれば……!)
グレイは言う。
「今はしっかりと考えて、工夫しろ。それができるようになってから、初めて“技”として認められる」
クロスは大きく頷いた。
「はい、わかりました!」
剣と魔法を併せ持つ力を手にするために。
今日もクロスは努力を重ねていく。




