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異世界剣士の成長物語  作者: ナナシ
一章
12/207

雑用冒険者

朝のベルダ村は静かで、そして穏やかだった。

鳥のさえずりとともに目を覚まし、宿の軋むベッドから起き上がったクロスは、身支度を整えると宿の簡素な食堂でパンと干し肉の朝食を口にする。


(やっぱり……薄い)


どこか懐かしくすらある、味のないパン。だが不思議と不満はなかった。体を動かして働く日々に、味気なさよりも満腹感が勝るようになっていた。


食後、宿の女将に「今日も元気に頼むよ」と声をかけられながら宿を出る。向かうのは、村の中心にある小さなギルド支部。昨日と同じく、仕事を探しに行くためだ。


 


ギルドに入ると、すでに何人かが掲示板の前に集まっていた。


「よう、クロス。今日も来たか」


受付のゴルが手を挙げて挨拶してきた。年季の入った木製カウンターの奥で、既に手帳をめくりながら、次の仕事を探してくれている。


「おはようございます。雑用でも何でも、お願いします」


「お前には雑用しかねぇぞ。今日は……物資の運搬と、倉庫の掃除だな。どっちも村中の仕事だ」


「了解しました」


クロスは即答する。ギルドから直接受けられる雑務は、いわば信頼の積み重ねだ。報酬は低くても、地道にこなすことで評価される。


「そういや、最近、お前が宿の井戸端で魔法の練習してるって聞いたが……無理すんなよ? 魔力枯らすと寝込むぞ」


「大丈夫です。まだ発動もしてないんで」


「はは、そうか。それはそれで悩みだな」


 


ギルドを出て、まず向かったのは村の北側にある納屋。そこには昨日刈り取られた作物が積まれており、それらを村の集荷場へと運ぶ仕事だった。


大きな荷車に籠を積み、一本道を何度も往復する。


地味な作業だ。戦いでもなければ、冒険でもない。


だが、クロスは思う――これはきっと、自分の“冒険”の一部なのだと。


「……よいしょ」


最後の籠を積み終えると、既に昼を回っていた。


小川のそばで一息入れながら、腰に差した革袋から干し肉とパンを取り出す。村の少女たちが水遊びをしている声が風に乗って届く。


その平和な光景を眺めながら、クロスは目の前に置いたコップの水を見つめた。


(今日もやってみるか)


彼はギルド支部から借りている、少し大きめの木製コップに水を入れて、両手をかざした。


(冷たくなれ。凍れ……氷になれ……)


イメージするのは「水の温度が下がり、ゆっくりと凍りつく」姿。

氷魔法は、水の変化を明確に“イメージできるか”が重要と教えられた。


火が燃え盛る姿は誰でも想像できる。だが、氷が生まれる瞬間を明確に思い描ける者は少ない。ゆえに希少魔法とされている。


クロスは目を閉じ、呼吸を整える。空気の流れ、体の内側にある魔力の“流れ”を感じ取ろうとする。


(氷……凍る……冷たい空気が水に触れて……)


だが――


「……っ」


コップの水はぴくりとも動かない。波紋すら立たないまま、風に揺れるだけだ。


「今日も駄目か……」


肩を落とし、クロスは腰を下ろした。


周囲を見渡しても、誰も彼を笑ったりしない。村人たちは“魔法が簡単ではない”ことをよく知っている。魔物に対抗できるほどの魔法使いは、10人に1人しかいないのだ。


クロスが氷魔法の素質を持っていると知っているのは、ギルドの教官と本人だけだ。彼はその希少な才能を伸ばすため、毎日こうして地道に魔力の感覚を確かめていた。


(でも、何か……掴みかけてる気がする)


ほんの僅かだが、水の表面に冷気が宿った“ような”錯覚を覚えたのだ。

それはきっと、自分のイメージと魔力がほんの少しだけ噛み合った証拠だと、クロスは信じている。


 


その日の午後は倉庫の整理と掃除。

収穫用の籠や干し草、保存食の確認など、汗をかく単純作業が続く。


夕暮れ時、全身が埃まみれになったクロスはギルドに戻り、報酬を受け取った。今日も銀貨2枚。生活するには十分とは言えないが、節約すれば数日は凌げる。


「クロス、お前最近、魔法の練習続けてるそうじゃないか」


受付のゴルが、少し真面目な表情で声をかけてきた。


「はい。ですけど……まだ発動はできてません」


「素質があるってのは、教官から聞いた。でも、それが使いものになるまでは遠い道のりだ。焦るな。特に氷は、思い込みが強いと暴発するぞ」


「わかってます。でも……やれる気がするんです」


その言葉に、ゴルはふっと目を細めた。


「まあ、毎日地味な仕事をしながら魔法を磨いてるってのは、珍しい奴だ。そういう奴ほど、いずれ伸びるもんさ」


「ありがとうございます」


クロスは頭を下げた。そして、ギルドを出て夜の村道を歩く。


夜空には無数の星。日本では決して見られなかったほどの数が、静かな空に浮かんでいる。


(明日も、依頼を受けよう。そして、魔法の練習も続ける)


彼の中には、確かな決意があった。すぐに結果が出なくても、歩みを止めなければ、いつかきっと――。


 


その夜、宿の部屋で最後の魔法練習を試みる。

再びコップに水を注ぎ、手をかざす。


(凍れ……氷の結晶になれ……)


イメージは鮮明。森の小川に張った薄氷のように、静かに、静かに。


その瞬間――


「……!」


水面に、一瞬だけ小さな霜のようなものが広がった。


だがすぐに消える。だが、クロスの目はそれを見逃さなかった。


「……やっぱり、間違ってなかった」


小さな成果。けれど、それは確かな一歩。


明日もまた、村で働き、そして魔法を磨く。


そうして彼は、氷魔法の常識を、少しずつ塗り替えていくことになる――。

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