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異世界剣士の成長物語  作者: ナナシ
一章
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村での仕事

薄曇りの空の下、クロスは朝の空気を胸いっぱいに吸い込んでいた。

ここベルダ村に来てからおよそ二週間。ギルドの講習と訓練は全て終わり、現在は仮登録冒険者として日々の依頼をこなしながら、正式登録を目指して活動している。


「クロス君、今日は東の畑の整備手伝いかい?」


ギルドで仕事を受けたクロスのもとに、顔なじみの先輩・カインが声をかけてきた。金髪で快活な青年で、村育ちのため土地勘にも人間関係にも明るい。


「そうです。案内してもらえますか?」


「もちろん。最近、仮登録にしてはよく働くって評判だぞ。村の婆様たちにも人気らしい」


「……お年寄りに気に入られてもなあ」


クロスは肩をすくめて苦笑した。だが内心では少しだけ誇らしい。この世界に転移してからの日々、自分が“この世界で何かできる”ことがほんの少しずつ形になってきている。


カインとともに歩く村道。石畳ではない土の道はところどころぬかるんでいる。風に乗って干し草と牛舎の匂いが漂ってくる。

大学で都会に出てからは絶対に嗅ぐことのなかった匂い。けれど、今では少し懐かしさすら感じる。


 


ベルダ村は、小さな農村で山と森に囲まれており、周囲の地形によって大型魔物の侵入は稀だという。しかし、魔物の活動は活発な為、ギルドの支部が作られているが、小さな村のため、正式登録者は30人程度。仮登録の冒険者など、クロスが来るまでほとんど存在していなかった。


村の人々は基本的に自給自足で、作物を育て、魔物から村を守るために若者たちがギルドに登録している。ただし、ほとんどの者は村の周囲で活動し、村の外に出る者は稀。出たとしても、いずれ村に戻ってくるのが常だ。


(俺は……いつこの村を出ることになるんだろうか)


ふとそんなことを考えているうちに、カインが足を止めた。目の前には、小さな畑と数人の農民たちの姿がある。


「今日はここで土起こしと水路の整備だ。俺は向こうの区画だが、クロス君、君はこの婆様たちのグループに入ってくれ」


「了解です」


クロスは頭を下げながら、作業用のクワと桶を手渡された。


 


 


午前中は畑の土起こし。重たいクワを握りしめ、黙々と土を掘り返していく。

体力にはそれなりに自信がある。日本では剣術の道場に通い、基礎鍛錬は厳しくやっていた。そのおかげで、こうした単純作業でも音を上げることはない。


「おお、いい腰の入り方じゃのう。鍛えとるな、兄ちゃん」


作業を見ていた農婦が声をかけてきた。顔には深い皺が刻まれているが、眼光は鋭く、芯の強さを感じる。


「昔、身体を鍛えていたので、こういう作業は慣れてます」


「それは助かるわい。若いもんでも腰を壊して畑仕事を嫌がる奴も多いからな」


「道具の使い方も悪いんだと思います。こういうのは、力じゃなくて、姿勢とリズムですから」


クロスは実際に姿勢を見せながら説明する。師匠から何百回も叩き込まれた“動きの基本”が、ここでも役立っていることに自分でも驚く。


「なるほど……これはええこと聞いたわ」


農婦たちは感心したように頷き、クロスの真似を始めた。


 


午後には、水路の泥さらい。

この村では、森の奥から引いた水路が畑に水を供給しているが、雨季明けには泥や落ち葉が溜まり、詰まってしまうことが多い。水の流れを確保するための定期的な作業だ。


「よし、ここを少し掘れば流れが戻るはず……」


膝まで水に浸かりながら、クロスは泥を手桶で掬い、脇に寄せていく。


何人かの若者と協力しながら作業を進め、ようやく流れが戻ると、皆から小さな歓声が上がった。


 


作業が終わった頃には、日も傾き始めていた。


クロスは泥まみれの服のまま、ギルド支部に立ち寄り、報酬の確認と次回依頼の相談を済ませた。仮登録とはいえ、依頼を受ければ最低限の報酬は支払われる。今日は銀貨2枚。日本円にして数千円程度だが、村ではこれでも十分な価値がある。


「今日もよく働いてくれたな、クロス。評判いいぞ。正式登録も近いんじゃないか?」


ギルドの受付である中年男性・ゴルが声をかけてきた。小柄ながら、元冒険者らしく鋭い眼差しをしている。


「ありがとうございます。でもまだ、討伐依頼は一度も受けていませんから」


「まあ、村じゃ小型魔物くらいしか出ねえからな。だが、地道な活動を積んでるのは悪くない。いざというときの信頼になる」


「そう……ですね」


クロスは小さく頷いた。


 


 


その夜。


借りている宿の小さな部屋で、クロスは剣を膝に置き、静かに目を閉じていた。


(あの世界で学んだ剣術も、こっちの剣とは若干違う)


この世界では刀が存在せず、剣といえば大半が両刃の西洋風のものだ。

クロスが購入したのは比較的軽量な片手剣だが、それでも振り方や体の使い方には違和感がある。訓練の中でだいぶ慣れたとはいえ、まだ「自分の武器」とは言えない。


(刀があれば……とは思うけど、贅沢言ってられないな)


右手で剣の柄を握る。左手は添えるように柄頭に置いた。


「一歩、踏み込み……切り下ろす」


ゆっくりと動作を再現する。道場での鍛錬が染みついている分、異なる武器に順応するには時間がかかる。だが、クロスには確かな実感があった。


少しずつだが、自分はこの世界に馴染んでいる――と。


 


そして明日もまた、依頼を受け、村のために働く。

戦いの日々ではない。だが、こうした日常こそが、クロスにとっての“強さの意味”を問う第一歩だった。

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