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第2話 転校生下

 コツ、コツ、と廊下に靴音が響く。

 剛の少し後ろを、将人は置いていかれないように歩いていた。



 ――さっきの自分の発言が、まだ喉の奥に引っかかっている。

 勢いで言ってしまった。あれで良かったのか。いや、もう取り消せない。


「今からどこ行くの?」


 将人が聞くと、彼は前を向いたまま短く答えた。


「俺らの部室だよ」


 それっきり、また沈黙が落ちる。


 将人は視線のやり場に困って、床のラインを追いながら歩いた。

 普通の学校の中はずなのに、何か違うという感想だ。


 曲がる廊下も、通る階段も、

 大阪にいた時のごく一般的な学校と同じような雰囲気のはずなのに――


 彼が先導すると、全部が“別の学校”に見えた。


 数分後、剛は誰もいない渡り廊下の端で立ち止まった。

 壁に埋もれるような古い扉。普段なら絶対に近づかない場所だ。


「着いたぞ」


 剛は慣れた手つきで扉を開けた。


 将人の鼻先に、少し埃っぽい空気が流れ込む。


「ここが俺らの部室だ」


 知らない日常・下


 中に入ると、すでに数名の生徒がいた。

 制服は同じ。年齢も同じくらい。なのに纏っている空気が違う。

 なんというか大人びているという感覚だろうか。


「剛君、今日遅かったね。なんかあったの?」


 最初に声をかけてきたのは、窓のさんに腰かけていた少年だ。

 一般的な中学生にしては長い黒髪の少年だった。

 言葉は平坦なのに、場を掌握する圧がある。


「学校にⅡ級が出た。話は聞いてるだろ?」


「あ~あれね

 俺も混ざりたかったな~」


 将人はそれを聞いた時、『この子も剛と同じように戦える人』だと察した。


 こんな人ばっかの場所なのかと、自分がここに来たことをちょっと後悔した。


「んで? そいつ誰~?」


 その彼が、将人を指さすように顎で示す。

 将人は慌てて口を開こうとしたが、先に剛が言った。


「今日から俺とコンビ組むことになった将人だ」


 とたん雰囲気が一気に変わり、

 自分に対して針で刺すような視線が彼から向けられた。


「へぇ~珍しいこともあるもんだね」


「……変なちょっかいは出すな」


 呆れたような言い方だった。


 さっき軽い声を出していた少年が「ちぇ」と一言言って、

 窓の桟からこちらにぴょんと飛んできた。


 握手するためだろうか。手を出してきた。


「俺、光紀(みつき)葛葉光紀(くずのはみつき)。よろしくね~」


 とっさに差し出された手に対して手を差し出した。


「よ、よろしく」


(……一瞬怖いと思ったけど、悪い人ではないのかな)


 そう思っていると、奥にいたのだろうか。

 ショートヘアの少女が自分たちの前に出てきた。


「まあ、ここにいる中で“実戦”に出れるのは、

 剛と光紀、後あいつくらいだけどね」


 女の子にしては堂々としているな、という印象だ。

 まあでも剛や光紀とは違い、雰囲気は柔らかい感じだなと思った。


「あいつって…」


「奥に座ってる初対面の人からしたら話しかけづらーい空気出してるやつ。

 校長の息子――古賀雷火(こがらいか)


 そういいながら少女は部屋の奥の方を指さした。

 指をさした方向には椅子に座り、足を組みながら本を読んでいる

 長身の少年がいた。こちらにはまったくもって興味がないようだ。


(…確かに話しかけづらそうだな。)


 少女に目線を戻すと、

 思い出したかのような顔をしながら自分の胸元を指さして笑った。


「あ、ごめん自己紹介遅れた! 私は紅葉香織(もみじかおり)。よろしくね、将人くん!」


 彼女が手を差し出す。

 将人が戸惑いながらも握り返すと、香織は満足げに頷いた。


「じゃ、みんなの説明を――」


「待て」


 本をぱたんと音を立てて遮ったのは、話しかけづらそうと紹介された彼、

 ――雷火だった。


「能力の話はするな。面倒なことになる。」

 

 香織が「うっ」と言葉を詰まらせる。


 室内の空気が一瞬だけ硬くなった。

 将人自身も、驚きと居心地の悪さで背筋が伸びる。


(そりゃそうだ。

 僕だって、なんでここに連れてこられたのか……ちゃんと分かってない)


 その沈黙を、ここに連れてきた彼が一言。


「大丈夫だ」


 全員の視線が剛に集まる。


「……は? 何が大丈夫なんだよ」


 雷火が眉をひそめる。

 剛は将人を見ずに、短く言う。


「こいつは、“適性がある側”だ」


 将人の喉が鳴った。

 意味が分からない。自分だけが置いていかれている。


 剛は続ける。


「将人には、俺と同じ系統の“適性”がある。」


 その言葉だけで、雷火の表情が変わる。


「……なるほど。可能性(ギフト)、ってやつか」


 雷火は納得したようなしないような顔で、腕を組んだ。


「まあ、いいだろう。僕には関係のないことだ」


 そう言って彼はまた本を開き、続きを読み始めた。

 将人はこの空気に耐えきれず、さっきの出来事について聞こうと口を開いた


「あのさ…剛くん」


 剛が振り向く。


「さっきの、あれ。魔法……だよね?今まで見たことないやつだった」


 剛はうーんとちょっと困った顔をする。


「魔法だけでというわけじゃないんだが…まあ複製魔術に近いものだ」


「複製魔術? でも、あれって……

 もう普通の使い方の形じゃなかったと思うけど」


 将人がそう言うと、香織が嬉しそうに頷いた。


「そこが剛のすごいとこ。――剛の眼が関係してるんだよ」


 雷火が「やっぱり話すのか」と言いたげな顔をしたが、

 彼女は気にせず続けて話す。


「細かいとこは言わない。これは“味見”ね」


 香織が近くの机の上にあった消しゴムを拾い上げ、手のひらに乗せた。

 彼女は剛に目線で合図すると、はいはいと剛が手のひらを広げた。

 そうすると剛の指先から、魔力が手のひらに広がっていくのが分かった。


「いいか。俺は眼の能力が見た物や生物の構造が“わかる”んだ。

 それを情報として頭の中に落として、俺が自作した魔法を使うとだな」

 

 剛は目を閉じ、息を吐いた。

 

 次の瞬間、剛の手のひらの上に、同じ形の消しゴムが“増えた”。


「……え」

 

 将人の声が情けなく震える。

 

 剛は淡々と続けた。


「俺の能力は眼の能力と俺の魔法を合わせた完全模倣(フルトレース)

 簡単に言うといろんなものを模倣できるって感じだな」


「それって……昔の遺物でも新品みたいに作れるってこと?」


「簡単に言えばな」


 剛は増えた消しゴムを机に置く。

 将人は先ほどの出来事が少しずつ現実味を帯びていくのを感じていた。


(……僕がさっき見たのも、これの延長? じゃあ、俺は――)


 考えがまとまらないうちに、扉が勢いよく開いた。


 バンッ。


「お前ら……またここに集まってんのか」


 入ってきたのは、将人がさっきまでいた教室の担任だった。

 将人は思わず目を見開く。先生がここに来るのか?


「いつも通りだろ。何だその顔」先生はむしろ不思議そうに言う。


 剛が先生に歩み寄り、ぶっきらぼうに言った。


「遅いっすよ。

 …さっきの俺が解いた問題、あるっすよね」


「は? ……まあ、あるけど」


「かーして」


 剛は奪うように問題用紙を取ると、将人の胸に押しつけた。


「はい。解いてみろ」


「はい???」


 将人の声が裏返る。


「無理無理。絶対無理。だって僕――」


「いいから」


 剛の一言が、逃げ道を塞いだ。


「はーやーく」

 

 剛は将人の腕を掴み、黒板の前まで引っ張っていく。

 将人は抵抗できないまま、黒板と問題用紙の間に立たされた。

 教室よりも狭い空間で、全員の視線が集中する。

 将人の手のひらに汗が滲む。


(やめてくれ……こんなの、公開処刑じゃんか)

 

 将人は問題に目を通した。

 

 ――その瞬間、視界が「二重」になった。

 

 紙の上の文字の奥に、薄い白線みたいな数式が重なって見える。

 まるで誰かが先に解いた手順が、透けて浮かんでいるみたいに。


「……え?」


 目の奥が熱い。瞬きをすると、その白線がほどけて消えそうになる。

 将人は慌てて視線を固定した。


 理解しているわけじゃない。

 でも、“次に書くべき形”だけが、勝手に目に流れ込んでくる。


 将人は剛の方を見た。

 剛は無言で小さく頷いた。


(……何だよ、これ。僕の頭が良くなったわけじゃない。なのに――)


「僕……分かってない。のに……」


 喉が乾く。視界の端がざらつく。

 それでも、白線は消えない。


 将人は息を吸って、必死に言った。


「……黒板に、書けばいいんだよね」


 剛はうんうんと頷いた。


 将人はチョークを握る。

 指が勝手に動く。止まらない。


 式の意味を追う暇もないまま、“見えた順番”をなぞるように数式だけが黒板に増えていく。

 途中、目の奥がきしんで、視界が一瞬白く跳ねた。


 胃が持ち上がるような吐き気が来る。


「……っ」


 手が震えそうになるのを、将人は歯を食いしばって押さえ込んだ。


 ――ここで止まったら、全部が嘘になる気がした。


 最後の答えを書いた瞬間、浮かんでいた白線がふっと霧散した。

 同時に、視界のざらつきが一気に押し寄せる。


 将人はチョークを落としそうになり、黒板に手をついて体を支えた。


「……できた、と思う」


 小さな声で、そっと呟く。

 室内が一拍遅れて静まり、次に、誰かが息を呑む気配がした。


 将人は、ふと胸の奥が冷たくなるのを感じた。


 “これ”が、もし本当に――誰かを救える力なら。


(……救えなかったものに、僕は……)


 言葉になる前に、背中に声が落ちてきた。


「将人」


 剛だった。


「これからよろしくな」


 将人が振り返ると、そこには新たな仲間たちがいた。

 香織は笑っている。光紀は興味津々の顔。雷火は変わらず本を読んでいる。


 先生は「…マジか」と頭を掻いている。

 

 将人は、息を整えながら、小さく頷いた。


「……よろしく」


 その瞬間だけ、将人の目の奥が、また熱を持った気がした。


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