第一話 転校生上
01 THE GRAND
第一話 転校生(上)
剛は、教室の窓から外を見ていた。
いや正確には、「外のほうに目が向いていただけ」が正しいだろう。
ぼんやりと視線の先を追いながら、彼はふと、父のことを思い出していた。
彼の父親は、世間では「史上最強の魔法使い」などともてはやされていた。
もっとも、その評価のほとんどは噂がほとんどだ。
剛自身が覚えている父の姿は、いつも背中越しだった。
近くにいるのに遠い。
声は記憶として覚えているのに、輪郭が掴めない。
そんなものばかりが、妙に残っている。
それでも、剛にとって父は
「父親」を通り越して
「尊敬する人」だった。
どんなことが起きても、父なら何とかしてくれる。
そんなふうに思ってしまうほどに。
剛は、あの言葉を思い出し、小さく溜息をつく。
「『力』は、相手に勝ち誇るためにあるんじゃない。
守りたいもの、守ってやらなくちゃならないもののためにある。
そこを間違えるなよ、コウ」
その言葉だけは、今も妙に鮮明だった。
――――――
「______コウ!高橋剛!」
怒号のような声で、剛は我に返る。
黒板の前には、仁王立ちでこちらを睨む教師がいた。
「いつもいつも上の空で授業を聞くなよ。
そんなだとこっちの内申点下げるぞ~」
嫌な言い方だな、と。
本当は通常教科の内申点なんて気にもしていないくせに。
(…まあ、でも言われた通りにしないと後が怖いな)
剛はそう思いながら、前へ出て問題を見る。
剛は淡々と、答えを書いていく。
教師の顔はご満悦のようだ。
――実績がしっかりできたな。よしよしこれで校長に怒られずに済むわ~
そんな顔だ。
(毎回毎回、ご苦労なこった)
「終わりましたよ」
剛はそう言って、席に戻ろうとした。
その瞬間だった。
教室の扉が、勢いよく開いた。
一瞬ふと目が合ったが、少年はすぐ教師の方を向きかなり焦った表情で弁明を始めた。
「遅れました!」
元気いっぱいの声。
あまりにも場違いな雰囲気に、教室が凍りつく。
誰も、声を出せなかった。
まあ、実際俺も困惑した。
その静寂を破ったのは、教師だった。
「やっと着いたのか!長かったな~
授業の最後で自己紹介の時間を取る。
とりあえず空いている席に座ってくれ。
廊下側の、後ろから二番目だ。」
少年は小さく頭を下げ、指定された席へ向かう。
――なぜだろう。
剛はその背中を見て、ほんの一瞬、胸がざわついた。
理由は分からない。
ただ、目を逸らすのが惜しい。
そんな感覚だった。
――――――
「えー、さっきはバタバタしてしまったが、
次の授業の時間を使って
転校生くんについて話そうと思うぞ」
教室がざわつく。
「どんな子なんだろう?」
「どっから来たんだろうなー」
そんな声が教室中に広がっていく。
「じゃ、自己紹介してくれ」
教師に背中を押され、
転校生と呼ばれた少年は一歩前に出た。
「えっと、改めて、藤城将人です!
前は大阪に住んでいました。
その前は東京です。
気軽に“まさと”って呼んでください。
よろしくお願いします!」
元気で、素直で、
どこにでもいそうな転校生だった。
一拍おいて、教師が言った。
「じゃ、新しい仲間も増えたところで席替えをしたいと思うぞ。いいかー所詮くじ引きだから文句は言うなよー」
前から順番に引いていき、剛も渋々引き、席を移動する。移動した席の隣には、さっき転校してきた将人が座っていた。
「よろしく!」
「……よろしく」
剛が短く返すとすぐに笑って頷いた。
純真無垢、そんな言葉が彼にお似合いだなと剛は思った。
――――――
*
将人は、不愛想な返事だったように感じたが、特に気にせず次の体育の準備を始めた。
この学校の体育の時間は二つに分かれる。一つ目は、普通の体育。もう一つは、対魔獣戦闘時における基本的な防衛術だ。
将人は普通の体育に参加することになっている。
対して剛のほうは、着替えもせず、椅子に座ったまま目を閉じていた。寝ているようにも見える。
将人は、もう一つの体育の方なのだろうと思ったが、準備をしないのはなぜだろう、と気になった。
「ねえ、次体育だよ? 準備しなくて大丈夫?」
「まあ大丈夫」
その時、チャイムが鳴る。
「なら、先行くよ?」
将人はそう言い残し、走っていった。
▽ グラウンドに立った将人は、なぜか胸騒ぎを覚えていた。
将人が向かったのは、この学校のグラウンドだ。さすが国が金をかけて作っただけあり、広い。着いたときにはほかのクラスメイトは全員到着していたようだった。
「これで全員ですか? それでは授業を始めます」
軽く準備運動を終わらせ、集団の中に入る。
▲ 将人が教室を出て数分後、剛は一人、教室に残っていた。
剛はようやく立ち上がり、軽く身体をほぐす。準備といっても、彼に必要なのはそれだけだった。
ある程度体を温めたところで、剛は自分の魔力の量を確かめる。
「……まあ、このぐらいあれば大丈夫だろう」
その時だった。校庭の方から爆発音が聞こえた。
▽ 授業が始まろうとしていた時、将人はふとグラウンドの端の方へ目をやった。いや、やってしまった――と言ったほうが正しい。
そこには、黒い影が巨人のような形を成していた。あと数秒で形は整うだろう。
将人はとっさに声を上げようとした。
――魔念獣だ。
そう叫ぶ前に、将人は瞬きをしてしまった。
目を開けた時、巨体はもう教師の背後に立ち、膨大な魔力で爆発を起こしていた。
爆心地である教師のいたところには大きな穴が空いた。だが、教師の死体はなかった。得意技である転移で児童の背後に移動していたのだ。
教師は児童を引き連れ、体育館下のピロティへ避難しようとしていた。
「なぜ、ここに……! しかも警報が鳴らない!?」
教師の声に焦りが滲む。
そして、教師は歯噛みして呟いた。
「……Ⅱ級魔念獣か。しかも思念体タイプ……」
教師が使用しようとした転移魔術は基本半径三十メートル以内でなければ使えない。しかも児童も含めて力を行使するには、魔術を自身の魔力で拡張しなければならない状況。拡張するためには自身の魔力を溜める時間が必要だった。最短でも、あと二分は要る。
もしここに対魔獣班がいれば――。
教師は小さな声でそう呟き、残っている魔力で防壁を築き、児童達を中へ押し込めた。
「先生、助けて……!」
嘆く声が防壁の中でこだまする。残っている魔力では、一度に運べるのは五人ほど。だが児童は十五人いる。
(……やるしかない)
教師は、魔術の拡張をするために魔力をためようとする。
だが、微細な魔力の揺らぎを感づいたのか、黒い巨人が大きな足音を立てながら近づいてきた。そして腕とみられるものを大剣のように変化させ、防壁に渾身の一撃を振り下ろす。
先ほどの爆発の三、四倍の威力――そう思われた一撃。
だが、衝撃が当たる寸前で止まった。
同じような大剣が、その刃を受け止めていたからだ。
教師は安堵の声を漏らした。
「やっと来てくれたか!」
剛は短く息を吐き、答えた。
「あまりにも急だったので、気づくのに時間がかかってしまいました。……でも、なんとか間に合いましたね」
剛は大剣を弾き、巨人の腹に拳を叩き込む。反動で巨人は校庭の中央へと弾き飛ばされた。
剛は二撃目へ移る。
その速さは、一瞬という言葉が似合うだろう。
だが剛は、攻撃へ踏み込む直前、ほんの一瞬だけ校庭の奥を見た。
(……まだ、いるな)
確信にも近い直感に、剛は舌打ちしそうになる。
二撃目は巨人を貫いた。
その光景はまるで何度も同じような経験があるように手慣れているようだった。
児童らは安心したのか、次々と腰が抜けたように地面に座り込む。
だが、教師は違った。
「まだ倒してはいない! 皆、走れる人は校舎に! 動けない人は私の方へ!」
児童らは我先にと校舎へ走り出す。
その最中、一人の児童が転んだ。怪我をしたようで立ち上がれない。
誰かが助けに行かないと、動けないだろう。
その瞬間、将人の胸に、言葉が突き刺さった。
『また、そうやって見捨てるのか』
大阪でのことを思い出した。思い出してしまった。
自身の言葉が胸を貫いてくる。
将人は走った。莫迦みたいに走った。自分が決して巨人と戦う力など持たないのに、先ほどの自身の問いかけに『あの時とは違う』と答えるように。
将人は倒れている児童に声をかけ、肩を貸す。
その時、背後から巨人が走ってきた。
――そう。あの巨人は一体だけではなかったのだ。
(もう、自分が……)
将人は歯を食いしばり、児童の傷を塞ぐために、精一杯の魔力を使った。
「逃げて!」と叫び、児童を走らせる。
巨人が二体、三体とこちらに向かってくるのが見える。
将人は胸の奥で、これでよかった、と自分の行動を鼓舞する。死ぬ前に、自分の行動が間違っていなかったと確かめるように。
大剣を振りかざす巨人が、目の前まで迫る。
終わった。そう思った。
が、しかし大剣は将人には届かなかった。
彼が、剛が大剣を止めていたのである。
彼の目が、先ほどとは違った――気がした。
そして、剛は言った。
「おまえ、すごいな」
正直、この状況で何を言ってるんだろうと思った。
「普通出来ないぜあんなこと。ここは俺が助けてやる。だから、俺とコンビくまないか?」
「僕で、いいの?」
「ああ。じゃあコンビ成立でいいんだな?」
剛はそう言って背を向け、一言、呟いた。
「完全模倣……開始」
「模倣形態…戎具を鍛える者」
少年の両手に魔力が漂い、形を成していく。完成へ近づくにつれ、それは先ほど巨人が持っていた大剣――いや、巨人の大剣と酷似したものへと形を変えた。
虚像が実像に変わる。
剛は大剣を振り、巨人を倒していく。一撃一撃が、巨人の攻撃よりも重く鋭い。
将人はそれを見ていた。取り憑かれるように。
やがて剛は巨人を倒し終え、こちらへ近づいてきた。
「よう。終わったが、まだ座ってるのか。えーと名前なんだっけ?」
「藤城将人だよ。……手を貸してくれないかな。腰が抜けちゃって」
「ほらよ」
剛は将人に手を差し伸べる。
将人は差し出された手を握り、立ち上がった。
「これからよろしくね」
剛はあっけにとられた顔で将人を見た。
剛は将人が手を離したあとも、しばらく顔を見ていた。理由は分からない。ただ、目を逸らせなかった。
「お前…いや、なんでもない」
言いかけて剛はやめた。
その後、剛は今日初めて笑った。
転校生(上) 了
初めてこのような作品を執筆しました。
この作品は高校時代から描いていた作品で、頑張って書いていこうと思います。
どんな感想でもいいので書いてもらえるとありがたいです。
最後にTheGrandをよろしくお願いいたします!




