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三年後、学園サロンにて・第四王女視点

おまけ後書きにちょろっと書いた、乙女ゲーム要素付き後日談です。

ヒロインは転生者ではありませんが、キーワードは要チェックでお願いします。苦手な方はスルー推奨。

「僕は常々疑問に思っているんだけれどね、カトリン」

「何をでしょうか? ジョルダン様」

「どうして彼らは未来の国王夫妻(ぼくたち)が見ている前で、ああも堂々と婚約者を蔑ろにするばかりか、レディらしさの欠片もない令嬢もどきをこぞってちやほやしているんだと思う?」


 幼い頃は天使と称され、今では太陽神に例えられる容姿と同様、それはもう美しくよく通る声が、サロンの隅々まで響き渡った。……その声が奏でた内容は、例えるならば黒薔薇のように、棘だらけで腹黒さがたっぷりと滲み出ていたけれど。

 そんな台詞を婚約者である私に甘く笑いかけながら口にするのだから、毎度のことだけれどギャップが酷すぎると思うのよ。

 もっとも、曲がりなりにも意見を求められている流れなのだし、仕方ないけれどお付き合いすることにしましょう。婚約者からのご指名ですものね。


 ああ、少し離れたところにいる逆ハーレム集団の顔が盛大に引きつったり固まっているのが見えるわね。多少痛いところを突かれたからと言って、わかりやすく表面に出すのはいただけなくてよ、皆様。

 まあ、ジョルダン様や私にとっては最早どうでもいいことだけれど。

 

「そうですわね。噂によれば皆様、『真実の愛』とやらを見つけたとのことですわ。それがあちらの……何というお名前でしたかしら? ジョルダン様いわくの『令嬢もどき』さんとのものかどうかまでは、私の知るところではありませんけれど」

「ふうん。まあ普通に考えれば、逆ハーレムが『真実の愛』なんておかしな話だからね。つまり彼らは特に他意はなく、単に楽しいから令嬢もどきを囲んでいるわけか。……普通に『真実の愛』を感じた相手と一緒にいればいいのに。暇なんだね」


 つまりあの『令嬢もどき』さんは『真実の愛』には相応しくない相手だと、ジョルダン様は暗におっしゃっている。そう言われた当人は……様子の変わった取り巻きたちを気遣うだけで、それ以外の反応はないみたい。副音声を聞く耳がないのか、そもそも話を聞いていないのか、はたまた『真実の愛』とやらを向けられている自覚そのものが彼女にないのか。うん、どれであれ迷惑ね。

 さて、私は取り巻きと言う名の逆ハーレム構成員へ軽く攻撃を仕掛けるとしましょうか。


「そんなにお暇なら、その時間を勉学や実技訓練に費やすべきではと、他人事ながら私も思うところですわ。だってあちらの皆様、前期と比べて軒並みあらゆる成績が落ちていらしたはずですもの」

「へえ……カトリン、僕以外の男に随分と注意を向けているんだね」


 不穏な気配を漂わせながら、テーブルの下で私の手を握ってくる。……少し痛いのですけど、ジョルダン様。

 ちなみに私の言葉で思い切り恥をさらした形の逆ハーレム構成員からも、殺気紛いの視線が刺さってきている。……私はこれでも王太子の婚約者で、隣国の王女でもあるのに、そんな目で見るなんて命知らずにもほどがあるわね。それも隣に王太子殿下がいる状況なのだから、尚更いい度胸をしていると思う。正確には何も考えていないからできることでしょうけれど、きっと今ジョルダン様の中では、構成員の面々の破滅へのカウントが、垂直落下の勢いで減っているのではないかしら。


「勘違いなさらないでくださいな。私はただ未来の王太子妃、ひいては王妃として、夫の側近候補や未来の重鎮となり得る人材をチェックしていただけでしてよ。それに、彼らの現状の婚約者は私のお友達でもありますし。そもそもジョルダン様の手元にも、成績等の情報は届いているでしょう?」

「まあね。だからこそ無駄に時間を浪費する彼らが、疑問で仕方なかったんだ。それも単なる浪費じゃなくて、婚約者との関係をみすみす悪化させる原因も自分から作り出しているわけだから、僕としては尚更理解できなくて」


 こてん、と首を傾げるジョルダン様は、いつもの凛々しい雰囲気はどこへやら、何とも無邪気なものを感じさせる。……嫌だわ、あまりにもこの方に似合わなさすぎる表現ね。鳥肌が立ちそう。


「……カトリン、どうかしたのかい? 体調が悪いのなら寮まで送ろうか」

「いいえ、平気ですわ。ただもし、ジョルダン様が彼らの気持ちを理解なさってしまったら、私は婚約破棄をされてしまうのかと心配になってしまっただけです」

「ええ? どうしてそんなおかしなことを考えるのかな。僕の愛情表現が足りないってこと? じゃあやっぱり寮に戻って、二人きりで──」

「そうではなく! この国の規則では、学園在籍中は特例で婚約解消の手続きが簡易になるのでしょう? その前提を踏まえた上で、彼らは婚約者との関係を蔑ろにしているのですから、すぐにでも彼らから婚約解消をするか、あるいはお相手のご令嬢方から解消の申し出があっても全く構わないという心境のはずですわ。つまり婚約者への情も何も完全に消え失せているとしか思えない状態なのですから、私としては、ジョルダン様にだけは何があってもそんな心境にはなっていただきたくないと思いましたの」

「絶対にならないから安心して。君こそ僕に対して無関心になるなんてことはないよね?」

「まあ、それこそ有り得ません。そもそもそんなことをお許しくださるつもりなどないくせに」

「その通りだね。──もし君がそうなったとしたら、うっかり後宮に閉じ込めて外に出さなくなるかもしれないよ」


 ……隅々まで本気をこめて、そんなことを囁かれてしまった。背中がぞくぞくするのは怖いせいか、脳髄を揺らすほど魅惑的な声音が原因か、あるいは耳に触れる吐息と唇のせいなのか──ただ判断することさえ難しくなってしまう。

 でも私だって、ジョルダン様の隣を他の女性に譲るつもりなど全くないのだから、お互い様と言えるだろう。


 私の耳元から唇を離して元の姿勢に戻ったジョルダン様は、逆ハーレムとは反対方向の令嬢たちに向けてにこやかにこう告げた。


「そういうわけだから、彼らの婚約者である貴女たちは、遠慮なく婚約解消をするといいよ。何なら今日この場で僕が受け付けて、申し出を両家に通達するから、気が向いたらいつでも申し出るように」

「まあ、ジョルダン様。流石にそれはやりすぎではありませんか?」

「そうかな? 新しい縁を見つけるつもりなら、ろくでもない古い縁は早く断ち切った方がいいよね。それに彼女たちの家は揃って王家の忠臣だから、これくらいの便宜を僕が図っても、父上や母上、兄上たちだって苦笑いするくらいで許してくれるよ。そもそも僕は王太子だから、学園生以外の第三者の婚約破棄や解消を認める権限だって既にあるわけだしね」


 逆に言えば、それだけの判断力があると陛下や評議会に認められたからこそ、ジョルダン様は王太子になれたのだと言える。

 ……そのくらいのこと、この国の国民、それも貴族であれば尚更理解しているはずでしょうに、何も考えずにジョルダン様の前で醜態を晒し続けるなんて信じられないわ。将来の側近や重鎮はおろか、貴族であることさえ許されない振る舞いだもの。今更そんな風に真っ青になっても遅すぎるというものね。


 あら、早速お一人の令嬢がいらしたわ。


「ご機嫌よう、サーシア様。ついに決心なさったのね? 祝福させていただいてもよろしいかしら」

「ありがとうございます、カトリン様。実のところ決心自体はとうの昔にしていたのですけれど、あちらとは両親同士の仲が良いものですから、下手に訴えても総出で説得に乗り出されかねないのでなかなか言い出せなかったのですわ。でも、王太子殿下のお口添えをいただけるのでしたら、良い機会と思いまして」

「おや、それは大変だったんだね。カトリン経由で伝えてくれれば、僕はすぐにでもご両親に口を利いたのに」

「お言葉は大変恐縮ですが、流石にそれは出来ませんわ。せっかく仲良くしていただいていますのに、それをかさに来て、カトリン様のお立場を悪くしてしまいかねないことをお願いするなど、友人としての信条にも、我が家の信義にも反します」

「……貴女の言う通りだ。馬鹿なことを言ってしまったね。カトリン、君はとても素敵な友人を持ったと思うよ」

「私もそう思いますわ。サーシア様のような誠実な御方と仲良くしていただけて、毎日がとても楽しいのです。勿論、シュゼット様やスザンナ様、セティル様のお陰でもありますけれど」


 サーシア様に続いてやって来た三人の令嬢もまた、私の良い友人で、逆ハーレム構成員の一人を婚約者としている。

 その構成員たちはと言えば、『令嬢もどき』さんを放って必死にこちらに来ようとしているけれど、正しくジョルダン様の側近候補である皆様が見事にブロックしている。時々聞き苦しい声は聞こえるものの、ジョルダン様も私も、ついでにサーシア様たちもその程度は右から左だ。

 ……しかし、流石は厳選された側近候補者ね。その多くが、先日魔法騎士団副団長になられたジェイリッドお義兄様や、同じく通常の騎士団から近衛騎士団へ異動なさったジャロッドお義兄様の部下や元部下というだけあって、反応や動きがとても素早くて的確だった。

 彼らのほとんどにはまだ婚約者がいないはずだから、サーシア様たちを紹介するのも良いかもしれないわ。後でジョルダン様に相談してみよう。


 そんなことを考えているうちに、四件の婚約解消があっさりとまとまったようだった。


「うん、これで充分だね。ありがとう、ご令嬢方。……さて、では僕は早速、各家への通達にかかるとしようかな。これも立派な公務だからね」


 ……簡単なメモや書類を抱えたジョルダン様の顔が、いっそ無駄なくらい楽しそうにきらきら輝いているのは、まあ今更と言うべきかしら。相も変わらず悪趣味な御方だこと。


 そう思いながら、私もジョルダン様と一緒にこの場を退室すべく、エスコートされて立ち上がり──


「待ってください、ジョルダン様!」


 ──よりにもよって王太子殿下を名指しで呼び止めたばかりか、進む先を遮るように立ちはだかるなどという、レディどころか貴族にもあるまじき振る舞いを見せられるとは、ジョルダン様も私も思わなかった。

 ああ、ジョルダン様から伝わる気配がどんどんどす黒くなっていくわ。


「──ここまで無礼な真似をされたのは流石に初めてだよ。許しもないのに王太子たる僕を名前で呼ぶ君は、一体どこの誰なのかな?」

「は、はい! 私はユリーシャといいます。ジョルダン様、お願いします。私の話を──」

「家名は名乗らないのかい? ある意味それも賢明ではあるけれどね。それと、聞こえなかったかな? 僕は正式な名前も知らない女性に名を呼ばせる許可を与えた覚えは、生まれてこのかた一度もないのだけれど」


 淡々とした声に紛れもない怒気を宿し、発言を遮って徹底的に無礼の指摘を畳み掛ける様は相変わらず見事だ。同じく王太子である私のお兄様でもこうは──


(いえ、お兄様の場合はやり方が違うだけで、叩きのめすのは一緒ね)


 基本的にお兄様はプレイボーイの仮面をつけているから、身分に関わらずこれだけの美女なら、口説き落としていい気にさせてから、思い上がりが最高潮に来たところを渾身の力で叩き落とすだろう──などと、『令嬢もどき』さんを眺めながら思う。


 それにしても本当に美人だ。背中を覆う長い髪は紫がかった銀色で、触れてみたくなるように柔らかく波打ち、光を浴びて輝いている。

 身長は私よりも少しだけ高く、すがるように潤むまなざしはアメジストを思わせる色合い。私と同い年のはずなのに大人びて見える美貌は、神秘的という言葉を絵に描いたようで、同時にこの上ない甘さと艶やかさを同居させている。……私も非の打ち所のない美少女という評判を得ているけれど、主に可憐だとか可愛らしいとかそちら方向の賛辞ばかりで、いわゆる色気とか大人の魅力といったようなものはまだあまり備わっていないのが、ちょっぴりコンプレックスだったりするのだ。


(……お母様も儚げ美人なのだから仕方ないかしら。でもせっかく、胸も大きくなって体つきも大人びてきたのに)


 それに見合う色気が多少なりとも欲しいと思うのは欲張りなのだろうか。目の前の『令嬢もどき』さんは、見る限りさほど凹凸が目立つ体型でもないのに、何なのだろうこの色気は。理不尽だ。


(とは言え、いくら美人でも、貴族なのにそれらしい行動すら取れない女性に、ジョルダン様が誑かされるとも思えないけれど)


 現にジョルダン様は、涙うるうる攻撃に眉の一つも動かさず、ユリーシャ・カルディンと名乗った彼女をやはり淡々と叩き潰す作業に入っていた。


「カルディンといえば北方の伯爵家だね。でもあの家に娘は……ああ、もしかして君は、北の聖皇国の前教皇猊下(げいか)のご息女かい? 最近になって伯父の伯爵が引き取った、故国では次の聖女候補()()()とかいう……」

「は、はい! ご存知でいてくださったのですね? 私は──」

「何でもあまりにも常識知らずな上に、教会でももて余すほど浮世離れしているから、外の世界を知るようにとの名目で、教会や国からも放り出されたそうだね。娘のいない伯父の伯爵がこれ幸いと引き取り、その美貌を活かして、有力貴族の妻か、あわよくば僕の側妃にでもなれれば最高だとか何とか」

「…………」


『令嬢もどき』改めユリーシャは完全に黙ってしまった。本当に容赦ないわね、ジョルダン様。

 とは言え……この(一応)伯爵令嬢が側妃候補……?


「カトリンはどうだい? 彼女が僕の側妃になるとしたら」

「え、嫌ですわ」

「!! ひ、酷いですカトリン様……!」


 ……うっかり即答してしまった。

 でも実際に嫌だし認めるつもりも皆無なのだから、取り繕う必要など何もない。この国で側妃となるには、正妃の許可がなければ不可能である以上、王太子妃予定の私が拒めばその時点で話は消える。ユリーシャが泣こうが叫ぼうが知ったことではない。

 ……と言うかそもそも、彼女は最初からジョルダン様の側妃狙いだったのかしら?


「酷いとおっしゃるけれど、ユリーシャ様。貴女はジョルダン様の妃になりたいと思っているの?」

「それは勿論です! 殿下はとても素敵な方ですし……」


 稀代の美貌をうっとりと赤らめる様は、それはもう艶っぽいことこの上ない。ジョルダン様の側近候補に捕縛……って、何も縛り上げることはなかったような気はするけれど、とにかく身動きの取れない逆ハーレム構成員たちは、そんなユリーシャを見て完全に惚けている。

 あれだけジョルダン様に正面からばっさりやられてなお、彼を素敵だと言える神経は、呆れるを通り越して尊敬に値するかもしれない。当のジョルダン様は物凄く面倒そうな顔をしているけれど。

 ……その面倒そうな顔は、ユリーシャの次の発言で何とも名状しがたいものに変わった。


「それに殿下は、私の運命の男性なんです! 幼い頃から何度も夢に出て来てくださって、私にとても優しく笑いかけてくれて、妃にもしてくれて……本当は編入してすぐに話しかけたかったんですけど、まずはモーリス様たちと仲良くならなきゃいけなかったからそうしたんです。そして今日、やっと殿下とお話することができました! それも夢の通りなんです。だから私は夢の通り、殿下の妃になるんです!」

「「…………」」


 今度はジョルダン様と私が黙り込んだ。人並み以上に賢いと自負していたはずなのに、彼女が何を言っているのかさっぱり分からない。ジョルダン様も同様らしい。

 そんな私に近づいてきたユリーシャが、がしっと私の手を握り、きらきらした目で顔を覗き込んできた。


「でも夢の通りになるには、私はカトリン様にいじめてもらわなければならないんです。そうすれば殿下はカトリン様との婚約を破棄して、私は晴れて殿下の正妃になれるんです。だからカトリン様、これからは是非、さっきのように思う存分私をいじめてくださいね!」

「……嫌に決まっているでしょう。何故私が貴女をいじめなければならないの? わざわざそんなことをしなくとも、私はただ貴女を側妃として認めなければ済む話なのだから、いじめる必要性を全く感じないわ」

「え、でもそうしてもらわないと、私は殿下の正妃になれないから……」

「いい加減にしてくれないか。何故僕が愛する唯一の女性との婚約を解消して、好きでも何でもなく、好きになる気も予定もない女性をわざわざ正妃にしなければならないんだい? 何を夢見ようと、見るだけなら君の勝手だけれど、僕やカトリンをろくでもない企みに巻き込むつもりなら──」


 ざわり、と。

 サロン中──いや、学園中の空気が蠢き、ジョルダン様の膨大な魔力の支配下に置かれたのが分かった。

 思わず固まった私の体は、すぐにジョルダン様に抱き込まれ……ふっと強烈な圧力が消え、素直に彼の背に腕を回して身を委ねる。

 ──私が世界で一番安心できる場所にいる一方、ユリーシャは今、世界のどんな場所よりも押し迫った危険に晒されていた。

 あれほど夢について語っていた饒舌ぶりも消え去り、蒼白どころか色そのものをなくした顔で、震えながらこちらを──ジョルダン様を見ている。

 そんな彼女に、ジョルダン様は酷く無感情な声で告げた。


「──今、この瞬間にも。命を失う覚悟をしておくことだね」


 ──この時、ジョルダン殿下の背後に、間違いなく死神の姿を見た、と。

 この騒動の後、学園のあちらこちらで密やかにそう囁かれることとなるのだった。




 ……ぺたん、と腰を抜かしたらしいユリーシャが床に座り込むのと。


「……ふう」


 と、ジョルダン様が魔力の放出を止めるのと。


 ──ごん!


 彼の脳天に拳骨が落とされたのが、ほんの十秒ほどの間で起こったことだった。


「……いっ、たぁ……っ!! 何をするんですか、ジェイリッド兄上!」

「それはこっちの台詞だ! 学園に着いたらいきなり桁外れの魔力が発生して、何かと思って来てみれば……全く、生徒の半数以上を魔力酔いで気絶に追い込むような真似をする奴があるか!」


 ……見れば確かにその通り、魔力そのものがなかったり少ない生徒たちが、軒並み床に倒れ伏している。これだけでも、ジョルダン様の恐ろしいほどの魔力の多さが分かるというものだ。

 ちなみに私はと言うと、魔力は当然ジョルダン様ほどではなくとも王族に相応しい最低限は持っているが、適性自体は回復や補助、防御といった、使い勝手はいいが限定的なものしかない。別に不満はないけれど、息をするようにあらゆる分野の魔法を使いこなすジョルダン様や王妃様、リアンナお義姉様を見ると少しだけ羨ましくなる。


「仕方ないでしょう! 少しは本気を出さないと、この夢見がちにもほどがある世迷い言製造人間を黙らせられなかったんですから!」

「はあ? 何だそれは」

「ええと、私から説明しますわ、ジェイリッドお義兄様。実は……」


 かくかくしかじかとユリーシャについて説明すると、魔法騎士団の制服に身を包んだお義兄様は、取り巻き同様に側近候補たちに拘束される彼女に目をやり、端整な顔立ちを台無しにするほど嫌そうな表情を浮かべた。


「……それはまた、とんでもない難物と言うか危険物に絡まれたんだな。確かに話が通じない相手には実力行使に限る。悪かったな、ジョルダン。いきなり殴るのはやりすぎだった」

「いいですよ、もう。冷静に考えれば、彼女だけを魔力で包囲するとか、穏便な方法もあったわけですから。後でリアンナ姉様に言って、みっちり兄上を叱ってもらいます」

「……ジョルダン様。それは全然よくないのでは?」

「だって痛かったし。久しぶりに姉様やジャスティンにも会いたいからね」


 これみよがしに頭をさすりながら、ジョルダン様は大好きなお義姉様と甥っ子を思い出したのか、とても楽しそうに笑ってみせる。

 ジャスティン様とは、今月一歳半を迎えたジェイリッドお義兄様の息子だ。癖のない髪質と目の色以外はびっくりするほど父親似で、「大きくなったらもう少し姉様に似るんだぞー」としょっちゅう甥っ子に言い聞かせるジョルダン様は、そのたびにお義兄様にアルヴェシオン邸からつまみ出されている。……兄弟仲がいいのか悪いのか。


「まあ、それはともかく。この際、俺が直接彼女を王宮まで連行するよ。聖女候補だったなら妙な力もあるかもしれないし、場合によっては宮廷魔術師にも診てもらう必要が出てきそうだからな」

「お願いします。……でも兄上、学園に用があったのでは?」

「学園にと言うよりお前たちにだな。ジャロッドの結婚式の日取りが来年の六月に決まったから、直接知らせようと思って来ただけだ」

「まあ、やっと決まりましたのね! 楽しみですわ!」


 嬉しい知らせに私は素直に喜んだけれど、ジョルダン様は何故か急に苦悩の表情を見せた。


「六月か……うーん、やっぱりジャロッド兄上に先を越されることになったのか。ねえカトリン、やっぱり僕たち、学生のうちに結婚しない? 来年の誕生日には僕も結婚可能年齢を迎えるし、問題ないと思うんだよね。正直僕、君の卒業まで待ち切れる気がしないんだ」

「!? なっ、まっ、待ち切れないって何を……!」

「それは勿論、ベ」

「はいはい、そこまでにしろ。生憎だがジョルダン、そのプロポーズは俺から見ても大失敗だ。もう少し色々と盛り込んで、ムードも考慮してからやり直すんだな。それと当然、倒れた生徒たちもきっちりフォローするんだぞ」

「はあい」


 ジェイリッドお義兄様に苦笑までされてしまい、ジョルダン様は渋々と引き下がったけれど、その様子はやけに子供っぽかった。

 王太子とは言え三男なので、お義兄様の前ではやはりそれらしくなるのだなあと、改めてしみじみ思ったのは後日のことで、この時の私の頭の中は軽く混乱しており、それはなかなか治まってはくれなかった。


(『ベ』って、『ベ』って……やっぱり『ベッド』なのかしら……!?)


 答えを知りたいけれど聞けない、どうしようもない状態に陥った私は、それからの数日間、考えすぎて眠れない夜を過ごすのだった。


 そうして睡眠不足により倒れてしまった私に、心配したジョルダン様がちょっぴり切れてしまい、体調回復後に寝不足の原因を洗いざらい白状させられ、あれこれと恥ずかしい『お仕置き』をされてしまったのはまた別の話。……あ、当然だけれど一線は越えていないから、誤解はなさらないでね!


「うん、そうだね。()()越えてないよね」

「ジョルダン様っ!!」

思ったよりジョルダンが黒くならなかった……もっと黒くしたかったなあ()。少しヤンデレっぽくなったのが予想外。まあカトリンは何があろうと逃げないので、監禁されることはないですけど。

そして隙あらば出てくるジェイリッド。フットワーク軽いし使い勝手がいいんですよね、彼。魔法騎士団そのものも遊軍なので適材適所。早くも父親になってますが、それなりにいいお父さんしているかと。両親が両親なので、息子もチートスキル持ってそう……


ユリーシャについては、基本的に転生者ヒロインが書けないので、じゃあ電波にしようとしたらあんなキャラになりました。腹黒を苛つかせるなら電波だよね!という謎の確信もありまして←

容姿で言えばカトリンの方がヒロインっぽいですが、まあジョルダンの婚約者なんぞやってられる御方なので、ヒロイン思考には無縁です。割りと冷静と言うか冷めた性格してますけど、何だかんだジョルダンのことはちゃんと好きらしい。一体彼のどこに惚れたのかは語ってくれないので不明。顔で惚れるような娘じゃないのは確かですが。


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