第百五十二話 空が赤く染る日
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──四十年前──
魔王候補者は奴隷の在り方に揺れるニンゲンの想いに漬け込み、戦場を目的の場所で起こさせ裏で介入。資金や物資の提供を惜しみなく行い、劣勢だった奴隷解放・革新派を逆転勝利させつつ、本命として信用の置ける五賜卿にイザナイダケ排除の勅命を下した。
混乱に乗じて消し去るという魂胆はここまで全て順調だった。
戦争終結直前──。
空が赤く染まる日。
「ちょっとなによ、これ……」
放たれた多数の極院魔法によって草原豊かな大地はクレーターだらけの荒野と化していた。聞いていた話とあまりに違うその土地の有り様に、ピアニッシモは目を白黒させる。
「ホっント、ニンゲンに生まれなくて良かったわ」
壊された自然のために怒れるほど高尚な魂は持ち合わせていない彼女だが、同族相手に極院魔法を乱発できるニンゲンの低脳っぷりに心底嫌気が差した。
後に自由と呼ばれるその土地の変貌ぶりに、もう黒蠍すら残っていないのでは、そう思えた。
「それで、オマエはいつまでここに居座る気ダ」
「心配しなくてももうすぐ出てくわよ。戦争ももーそろそろ終わりそうだしね」
気が遠くなるほど長いテーブルの端と端に座り、ピアニッシモは貴族の少年と食事を取りながら他愛もない会話をする。ここは少年の住む城でありピアニッシモは客人であったが、少年はあまり彼女を歓迎していなかった。
「ラッキーちゃんも来れば? こんな近くで面白いこと起こってるのに、もったいないじゃん行かないの」
少年の魔称はラッキーストライク。
戦場の真ん中に城を構えるグレイプ家次期当主にして五賜卿になったばかりの新人、アルデンテである。
「その名でボクを呼ばないでくれるカ? あいにくだけど父さんから正式に引き継ぐつもりはないんでネ」
「貴族ってはめんどくさいわねまったく。好きに名乗ればいいのに」
「それを決めるのはキミじゃないが……その点で言えばキミが羨ましいヨ。先代を洗脳し、賜卿の能力を奪ったあとで、その一族全てを皆殺しにしたキミがネ」
「人聞き悪くないそれ? ピアシーはなるべくしてなっただけよ、五賜卿に」
彼女は先代ピアニッシモを洗脳し、五賜卿になった。五賜卿になるための手順や条件は賜卿の種類によって違かった。
「さて。それじゃ、行くとしましょーかね」
「ボクはこの特等席で事の顛末を見守るサ。なに、心配しなくてもいい。キミの成功も失敗も、ボクがしっかりと見届けてあげるかラ」
少年は優雅にステーキを切り分けながら行くのを断った。その嫌味をまともに受けず、ピアニッシモは戦場に向かうのであった。
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ピアニッシモは残った黒蠍の捜索と排除の為に、現地でたくさんイヌを調達する。
元々飼っている子イヌは戦場には連れて行きたくなかったし、そもそも実働には不向きだったので致し方なし。
「大型犬の方が血みどろフィーバーでも鼻が利くし、捜索にはもってこい⋯⋯おやおや?」
そんな乗り気じゃない彼女の目に付いたのは、戦場を駆け巡り、一人でも多くを助けようとする衛生騎士の少女の姿だった。
「ほーほうほー。あの献身性と助ける優先順位が分かる冷静さ、オマケに気迫ある剣技。オンナの子って基本小型犬になりやすいけど、間違いなくあれは大型犬の素質の持ち主ね」
自分の口元をペロッと舐めて分析したピアニッシモは、衛生騎士を捕らえるために五体のオオカミを放った。
「出てきなさい。私のしもべたち」
どれも現地調達したもの。権能によって変化する犬種は様々だが、〝戦場〟〝兵士〟〝男〟とくればオオカミになりやすかった。
「ねぇアナタ、ピアシーのイヌにならない?」
「なんだ貴様は。所属はどこの──」
ピアニッシモは近くにいた兵士の肩を何の気なしに触れた。兵士はみるみるしぼんでいき、足としっぽの短い小型犬になった。
「キャンッ」
「キャー! かわいーっ! ミニチュアダックスフンドってマジ? かわいぃ! 超かわだわあ」
ニンゲンをイヌに変化させ、それを抱えてはしゃぐピアニッシモ。
一連の行いを見ていた衛生騎士にとって注意を払うには十分過ぎる相手だった。
「……なんなんですか貴女」
「アタシはピアシー。ヒーラーさん、お名前は?」
「⋯⋯貴女に名乗る名はありません」
「そう。でも警戒して詰めないのは正解よ」
ピアニッシモは異空間から取り出したケージに小型犬をしまい込むと、異空間に戻して閉じた。オオカミたちはご主人様の命令を待ちながら血走った目でヒーラーに敵意を向け続ける。
「名乗る名前がないなんてかわいそう。そーだっ、チョーいかす名前ピアシーがつけたげる。だからイヌになろ。それ超良くない?」
「セバス……合図するまで待って」
「ピアシーのわんちゃんになるの。お分かり? イヌになるなら危害は加えない。アナタには、ね?」
そう言うとピアニッシモは負傷して動けなくなった兵士に触れオオカミに変えた。不思議なことにオオカミにされたことでそれまで負っていた傷は消えた。
「断ります。人命救助が最優先なので」
「自分だけは助かりたいとかないの?」
「拒否します。他人の命が保証されていないなら尚のこと。この戦争はニンゲンたちの歴史に関わる大きな転換点。あなたたち魔族の出るところではありません。ご退場願います」
ヒーラーは嫌悪の視線をピアニッシモに向ける。彼女はこの戦争のキッカケに魔族が関わっていることを知らない。知る由もないのだ。
「ふふ、なーんにも知らないって滑稽ね。ま、いっか、どうせオマエはイヌになるんだし!」
ピアニッシモは手を叩いた。
「 “囲みなさい” コマ犬たち!」
犬歯をむき出しに威嚇をしていたオオカミたちが、その合図をキッカケにヒーラーの少女を一斉に取り囲む。
しかし襲いはしない。次の命令を待つ。
「さあ、我が手に堕ちしヒトの子よ "跪きなさい" !」
「なっ……! カラダがっ、動か、ない……」
ピアニッシモが右手を少女に向け言霊を放つと、少女は片膝を地面に付いた。
少女は自らの意志に反して命令に従った自身に驚くと同時に立ち上がれないことに動揺した。手も足も力までは入るが動かせず、頭一つ上げることもままならない。
「そう、それでいいの。ではではぁ、ピアシーのイヌになりなさい」
おもむろに近付いてくるピアニッシモはヒトをオオカミに変えた手のひらを向けてくる。
「……こ、声が、でるなら……」
口だけは動く事実に気付いたヒーラーが、もう一人の自分に託すためにその口を動かした。
「セバス……お願い……」
刹那。
二人の間にオオカミが突然割り込み、銀色の斬撃に斬りさかれた。オオカミは声をあげることもなく血飛沫をあげて絶滅する。
殺ったのはヒーラーの少女。
オオカミが横槍を入れなかったら斬られていたのはピアニッシモだった。
「ふん、イヌは好かん。どいつもこいつも飼い主にシッポを振ることしか出来んからな」
ヒーラーはそう言うと不機嫌そうに立ち上がる。ピアニッシモは危険を察知し、ピンク色のツインテールを揺らしながら飛び退いて距離を取った。
「──コイツっ! 掛かったフリしてたワケ? いやそれよりも、さっきと雰囲気が……」
「ヒナは優しすぎるのでな。ここからは抹殺担当の私が相手をしよう」
過去に踏み込みます。




