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第百四十七話 ロミオとジュリエット


 「ユール、なの……か」

 

 珖代は現実を受け止め、現在を自覚する。

 

 ここは、ユール。

 奴隷解放の革命が起きた始まりの土地であり自由を意味する言葉から生まれた街である。

 

 「それで、あんたは……」

 

 ひとまず落ち着いたのでただビトとなんら変わらない外見で佇むパーラメントに問い掛ける。

 

 「真夜中とはいえ街中ですから。青い肌では目立つでしょう」

 「そうか……じゃなくてそういう事が聞きたいんじゃなくて。転移だよな、これ」

 

 珖代は直前に、視界がぐちゃぐちゃに溶ける感覚に襲われた。それは得体の知れない攻撃を受けたからだと錯覚していたが、現在地がユールである事と彼女の持つ錫杖(しゃくじょう)を見て瞬間転移が成されたのだと推測した。

 

 「……。」

 

 その手の杖が震えていることで黙秘は肯定と受け取れた。しかし、分からないことがまだ他にも。

 

 「助けてくれたのか……? どうして」

 

 彼女が俺を助ける動機が見つからない。なにか、裏がある様子も見えず不思議しかない。

 

 立ち上がることも忘れて真剣に問うが、目線どころか顔まで逸らされてしまった。

 

 「さあね、どうしてでしょうね」

 

 誰に対しての怒りなのか。パーラメントは不機嫌に言う。

 

 「理由があれば助けてなんかいませんよ」という不機嫌は荒野の風に吹かれて珖代に届くことはなかった。

 

 「なんでもいい……。とにかく、死ぬかと思った。ありがとう」

 

 誠心誠意の感謝を込めて珖代はしっかりと両手をついて頭を垂れた。

 

 日本式の誠意の示し方はちゃんと伝わったようで、パーラメントは呆れたように笑いながら「結婚どころではなくなってしまいましたね」と呟き、珖代に手を差し伸べる。その表情はどこか寂しげに見えて珖代は小首を傾げた。

 

 「好きなんだろアルデンテ。なら良かったじゃんか、俺じゃなくて」

 「あの方に恋とか愛とか、そんな小手先の感情は持ち合わせておりません」

 

 アルデンテに対しなにやら特別な感情を持っていることは疎い男にもなんとなく読めてはいたが、それも浅かったようでそれ以上は聞かなかった。

 

 閑話休題。珖代が話を戻す。

 

 「で、どうなるんだ。これから」

 「敵同士ということになりますね。次会うことがあれば、殺し合う仲。ズッ(ころ)ですよズッ殺」

 

 冗談ぽく冗談にならないことを言うパーラメントに珖代は言い淀むように頭を掻く。

 

 「俺らじゃなくて……その」

 

 それが何か分かったパーラメントは一瞬だけ目を大きくして軽く微笑んだ。

 

 「心配なさらずとも、五賜卿剥奪ののちに然るべき罰を受けます。貴方の勝ちです」

 「罰? 罰ってどんな」

 「そんなこと貴方には関係ないでしょもう。それともここで容赦なく灼かれていきます? ワタクシ、過去は引きずらないタイプですよ」

 

 パーラメントは心配してくれる珖代を必要以上に煽り杖の先端を向けた。これ以上馴れ合う必要がないと判断したのだ。しかし珖代は、怯むどころかまっすぐな目を彼女に向けて答えた。

 

 「関係ない訳ないだろ。俺たちは確かに『夫婦』にはなれなかったけど、たった今キミは俺の命の『恩人』になった。この目が光を失わなかったのは、荒野の冷たい風を実感出来るのは、他でもないキミのおかげだ。……えっと、五賜卿じゃなくなるならシロップって呼んだほうがいいか?」

 「名前、覚えててくれたんですか……?」

 

 珖代はなにより彼女の安否とそして呼び方を強く心配していた。パーラメントは名前を呼ばれることに弱いのか、逆にカウンターを食らった形で目を白黒させた。

 この男は初対面の時に名乗った名前を今もしっかり覚えていたのだ。

 

 珖代には『自分の命を救ってくれた人に全身全霊を持って尽くす』という考え方がこびり付いていた。それは幼少期に孤独だったこと、ユキに救われたことに起因していて

 『俺はユキの人生のために脇役として生きていく』

 とする歪な覚悟を抱えていた。雪谷 (あざな)が死ぬまでは雪谷字のために人生を使い切ろうとする依存癖である。

 

 ヒトとの繋がりに脅え、繋がりを拒絶しながら繋がりを求めようとする不安定な男は “交通事故” をキッカケに誰かを救うことに依存した。

 

 『別に生に執着したわけでは無い。責任を取って生き還ることにしただけだ』

 

 救われた経験から誰かを救いたいのではなく今度は殺してしまったヒトたちの為に人生を使い切ろう、そう思い立ったのだ。

 

 しかし──、その依存性の高い自己犠牲の精神も今は変わりつつりあった。

 

 「本当なら今度は俺が命を懸ける番だけど──、けど俺はもうそれが出来るほど独りじゃない。なにか、罰を回避する手段だけでも」

 「ありません。その気持ちだけで十分です。……十分幸せです」

 

 言い切る前に被せて本音を口にしたパーラメント。幸せを口にしたのが余程恥ずかしかったのか耳を赤くして俯いた。

 

 「そんな顔するな!」

 

 男は泣くほど辛いのだと勘違いした。そして強い決心を持って、目を逸らすことは許さないとばかりに両肩に掴みかかる。

 

 「死ぬくらいなら俺のそばに居てくれ!」

 「……死ぬ?」

 

 あまりに壮大な珖代の勘違いにパーラメントの目が点になる。今日は彼女の目が忙しい。

 

 「……死なないの?」

 「罰は受けると言いましたけどねえ、死ぬほどの罰は受けるとは一言も言ってませんよワタクシ。それよりいまどさくさに紛れて告白」

 「じゃあ死なないって誓えるか!」

 

 パーラメントは珖代の強い圧と遮る大声に思わず口が動いてしまう。

 

 「はい。ワタシは罰によって死にません。誓います」

 「そう言って戻ってこなかったヤツを俺は知っている!」

 「じゃどうすればいいのよ!」

 「俺と一緒に来い! 手の届く範囲で守ってやる!」

 「なんですか強引ですか関白宣言ですかー!」

 「皆には俺から説明する! きっと歓迎してくれし大丈夫だ!」

 「なし崩し的よ! 外堀から埋める気まんまんじゃない!」

 「真剣なんだシロップ。冗談に逃げるのはよしてくれ」

 

 不毛なやり取りはしばらく続いたが、パーラメントが誤魔化し逃げていることに珖代はとっくに気付いていた。

 

 「やめてお願いだから……本気になっちゃうから……」

 

 パーラメントの潤んだ瞳に見上げられ、今まで味わったことのない痛みに胸を締め付けられる。

 

 気丈夫で隙がなく『カッコイイ』という形容詞すら当てはまる彼女からは想像も出来ないほどの(はかな)さ。守ってあげたいと思える一輪の花のようだ。

 

 言える──、

 俺は見とれていると言える。

 

 はっちゃける事はたまにあった。結婚が決まってからお調子者になる側面もあった。しかしこんな愛くるしい一面は知らなかった。だから不覚にもきゅんとした。萌えた。憤死しかけた。だから咄嗟に離れた。

 

 目が合わせられない。どっちが最初か分からないけどこの顔の異常な熱さは彼女にまで伝播(でんぱ)している。

 

 赤面する俺たちの間には永遠と思えるほど長い沈黙が続いた。

 

 恋は障害が多いほど二人を燃え上がらせると聞いたことがある。さながら俺たちはロミオとジュリエットにも負けていない舞台を用意されている。

 

 この湧き上がる熱が勘違いでないのなら、俺はどうすればいい。

 

 

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