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第百四十六話 宣戦布告


 

 いつ何処で誰が何の目的で建てたのか人間側の文献では何一つ分かっていない場所がある──。凍土より寒気がする冷たい岩肌に囲まれたその場所は『迷宮』と呼ばれていた。

 

 

 ──デモナス迷宮──

 

 

 不釣り合いなほどにデカく荘厳な扉には『八本腕の人物像』が対をなす形で二柱描かれており異彩を放つ。

 息が詰まるほどの(よど)む空気の重さと阿修羅並の威圧感に珖代は立ち上がることがままならない。

 

 「──……」

 

 せいぜい足元の砂利を握り締めるのが精一杯。視線は自然と下がり自分の汗が滴り落ちるのが見える。

 

 そんな迷宮に突如、場違いなほどフワフワラブラブとした声が響いた。

 

 「珖代様(ダーリン)〜♡ にゃんにゃんっ、ご無事で何よりですぅ〜」

 

 意識が吸い込まれそうな扉とは反対の方角から猫なで声というか、甘ったるい声が。

 珖代の背後にはウインクしながら招き猫のポーズをとる五賜卿パーラメントが立っていた。

 

 婚姻の約束を取り付けたからなのか、敵対していた時の気迫はすっかり抜け落ちている。空気感との温度差(ギャップ)に周りは風邪を引きかねない。

 

 「んんっ……パーラメント様」

 

 ウルゲロが困ったように咳払いをする。

 

 「ワシは腕を診ぃいてもらいに行きますので、そろそぉおろ外させていただきますよ」

 「でしたら杖を預かります。崩壊も済んだことでしょうし指輪の回収をしておきたいので」

 

 そう言ってパーラは通常営業に戻り杖を受け取る。ウルゲロは無くした腕の調子を確かめながら「恋はヒトを──」と呟き、一本道の歩き暗がりへと消えていった。

 

 「ピアシーも見てられないから。……じゃなくてコイヌたちが心配だから見に行かなきゃ。てことでまたねー、キークちゃーん」

 「ヒトの夫を変な呼び方しないで貰えます?」

 「はいはい……」

 

 気ままな少女は後ろ手に手を振りながら「もう甘ったるくて──」と呟き、同じように消えていった。

 

 パーラメントは二人が見えなくなるまで確認すると、ため息をついて普段モードに切り替えた。

 

 「立てますか?」

 

 足に力の入らない珖代の前に手を差し伸べる。

 

 「ああ……」

 

 珖代は意識だけが遠くにあるのか「二人きりになるためです。今のは忘れて」と言い訳するパーラメントに反応を示さないままなんとか立ち上がった。

 

 「説明もなしにいきなり連れてきてしまって申し訳ありません。なにぶん時間がなかったものでして、ウルゲロには見つけ次第連れてくるように頼んでおりました」

 「ああ……」

 

 一人では来ないと決めた場所に立つ珖代は帰らなければと思う反面、静かに沸き立つ高揚感に胸が踊っていた。それはたった今、受けた話がすぐに抜けていくほど重症で、興奮を落ち着かせるためにゆっくりと静かに息を吐いた。

 

 その落ち着かない様子に気付いたパーラは、説明が足りなかったと勝手に反省し口を開く。

 

 「ここはデモナス迷宮。地下一〇〇層からなる迷宮の最深部、一〇〇階になります。この大きな扉の先は九十九層を超えてきた者のみが辿り着ける謁見の間。現状、魔族以外の種族があの方にお会いする方法はここまで来るしかありません」

 「この先に……魔王が……」

 

 自分で口にして、さらに胸が締めつけられる。額の汗が滲むのと同時に唾を飲み込む。恐怖と好奇心、決意と約束の狭間に揺れ、心臓は強く脈動を刻む。

 

 この先に──。

 一枚壁を隔てたその先に、この異世界にやって来た理由(すべて)が詰まっている。

 

 二度目の人生を始めた意味。

 希望。目的。終わり。

 

 行きたい。

 行きたくない。

 見たい。

 見たくない。

 心が揺れ動く。

 

 「ワタクシ、結婚に関してはそこまでイヤではないんですよ? 政略的な意味合いがあるにしても、元々結婚できる立場にはなかったので。そう言った意味でも拾ってくれたブランシール様には感謝しかありません。『夫婦になる』と云うことに、少女として憧れていた時期もありましたし。ですから今は、ちょっぴりだけドキドキしている自分がいます……。良いことも悪いことも、共に乗り越えてくれるヒトが隣りいると思うだけで──」

 

 知りたい。

 知りたくない。

 奪いたい。

 奪われたくない。

 行きたい。

 帰りたい。

 

 「──まさか、帰りたいだなんて言いませんよね今更? 帰るなら止めはしませんけど。ただ、最難関クラスの大迷宮九十九層分を下から攻略し、運良く地上に出られたとしてもそこはまだ魔族領。加えて、並のニンゲンでは精神が崩壊するほどの超高濃度魔素が広がる沼地に出ます。ひとりで逃げ切れるとお思いですか? 後退はあまり賢い選──」

 

 試みたい。

 辞めたい

 冒したい。

 冒したくない。

 進みたい。

 戻りたい。

 

 「──夫婦になるか、迷宮にひとりで挑むか。など、現実的でない話はこのくらいにして、さぁ参りましょうか」

 

 怖い。恐い。

 こわいからふるいたて。

 みせつけろいしを。おれのいきるいみを。


 「珖代様?」

 

 扉に向かうパーラをよそに、珖代は走り出した。その方角に彼女は困惑する。

 

 そして。

 

 ドバン──ッ!

 という音が地下に響き渡る。

 

 何を血迷ったのか、右手を大きく振り上げた珖代は、扉にむかって拳を強く叩きつけたのだ。

 

 「聞け!!! 魔王!!! 俺はお前を裏切りに来た!!!」

 

 あまりにも突拍子もないその言動に、パーラメントは空いた口が塞がらない。

 

 「が、それはなしにする! 真っ向から倒すことにした! お前自信に恨みはないが俺自身の約束のためにお前を倒す! でも今じゃない!! 俺ひとりじゃお前を倒せないから……。せっかくの迷宮だ……。正攻法で突破して、必ずココに戻ってくるッ! 覚えとけ! 俺の名前は喜久嶺(きくみね)珖代(こうだい)!! ひとつも取りこぼさず……、大事なもの全部連れてお前を倒す者だぁ!!!!」

 

 言ってやった。

 言い切ってやった。

 

 思いの丈をブチぎって飛ばし、スッキリして。反響が終わって静まり返る頃にはカラダの熱が引いていく。

 

 もう後戻りは出来ない。

 だが不思議と後悔はなかった。

 

 

 ガチャ──。

 

 

 音の鳴るほうへ目線を動かすと、扉が僅かに開いていた。蝶番が錆び付いてるのか、ギリギリという音が鳴り恐怖感を煽る。

 

 奥は暗く見えないが白いヘビが流れ込むように冷気が漏れて足元に絡みつく。気付いたときには吐く息が白く凍り、全身のうぶ毛が凍てつく感触を得る。扉にも岩肌にも同様に霜が付く。

 

 その時、視線を感じた。



 射殺す視線。呪殺の眼差し。


 

 ──威圧を、……威圧を打たなきゃ……。


 

 指先の震えが止まらない。真紫の唇を噛んで、扉の奥からにじみ寄る殺気に耐える。否、耐える以外なにも出来ない。


 

 刹那──。



 景色がぱっと輝いて、視界がぐちゃぐちゃに溶けた。


 

 「ぐぁあああああああああ」


 

 珖代は両手の掌底で強く眼球を押さえながら地面をのたうち回った。

 

 遅効性の毒がまわるようなはっきりとしない全身の痺れ。天も地も分からず吐き気もある。痛みを感じてる余裕すらない。──発狂状態。

 

 しかし、死の感覚を味わっておきながら生きていただけでも儲けものだと思うことで、やがて落ち着いた。

 

 「うう、うぐ、うはっ……はぁはぁ。ある……見える……?」

 

 視界はボヤけるが奪われていないことに珖代は気付く。それだけではなく痛みもとくに感じない。酔うような吐き気も薄れていく。これは何だ?

 不思議に思い目を擦って見上げると、タトゥーが消え青い肌でなくなったパーラメントと目が合う。問い掛けようとすると咄嗟に目を逸らされた。

 

 「俺は、何が……どうなって……」

 

 疑問に(さいな)まれながら辺りを見回すと、景色が嘘のように一変していて、うっすらと空が白み出す荒野に自分がいることが分かった。迷宮ではない見慣れた街、ユールである。

 

 

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