第百四十三話 大わからず屋!!
3/24セバスと珖代の口喧嘩を追加しました。
乱れ合う呼吸と乱れ舞う剣戟。両者一歩も譲らず、かと言って決め手を欠きながら鎬を削り合い、紫色の火花を散らす。
「セバスさん! 時間がないのは分かりますが、話をしないと!」
この街の英雄と初代騎士団長の激しい攻防戦は最下層を見下ろせる二層展望路で行われていた。
「誓いを破棄しろ! でないと止まらないぞ! 私は!」
まずそこに至るまで、犠牲者が生まれた。その名はセブンスター。
不確定要素の多い者こそ最初に殺さねばならないと思い立ったセバスは殺気を連れ行動に出た。「ちょ、……おい。まっ」そのセリフを最後に怯えた眼をした男の首がぼとりと地面に落ちる。セブンスターはあっさりと物言わぬ人形と化したである。
流れのままに今度はダットリーに刃を光らせた。近距離戦最強クラスのS級冒険者であっても反射神経には老いがでる。一撃を避けたり受け止める体制が十分取れず、弾かれ壁に激突した。幸か不幸か、ヒビ割れた支柱が衝撃で崩れダットリーはガレキの下敷きとなり追撃は逃れた。
その間、わずか二秒──。
呆気に取られるウルゲロ、珖代、ピアニッシモ。冷静且つ状況を把握できたのは青の女パーラメントただひとり。
「アップル!」彼女がそう叫ぶとどこで待機していたのか空からゴリラが降下する。「鎧魔!」そう続けざまに放たれた声に呼応するように、アップルの周りに堅さを誇る鋼のような昆虫が群れを成し全身を覆う一つの鎧となった。
ここに攻防最強の甲鉄武装〘鎧魔〙が完成する。しかし、巨体の落下速度を活かした黒光りの怪腕はあっさりと、それも──腕ごと切断された。
「アップルゥ!」
二度目のそれは誰が聴いても悲鳴だとわかるものだった。
パーラメントの顔から冷静さが潰え絶望が垣間見える。その隙を逃さないセバスは彼女のクビ元まで迫るが、「┠ 囲嚇 ┨!」の声に阻まれた。
囲嚇とは周囲威圧の略。つまり、珖代がセバスの頸狩りを停止させたのだ。
わずかに生まれた平和な刹那。珖代は地面にペタりと座り込むパーラメントを抱きかかえ回避した。
「セバスさん。話を──」
そして現在に至る──のではない。
セバスは守られる女を狙うのは得策でないと諦め、一旦標的を無防備なウルゲロに変更した。研ぎ澄まされる眼光に射抜かれたウルゲロは咄嗟に杖を使って移動してみせたことで、腕一本の犠牲で済む。
「くぁッ! 猛獣めが!」と悪態つくウルゲロの背後を取ったセバスだったが、その耳に究極奥義が轟き、直感で二層の足場を掴んで登ってみせた。
「犬帝兎金! 犬王銀狐!」
声の主は五賜卿ピアニッシモ。
少女は両手でキツネをつくり、自分の持てる最大戦力二匹を召喚。全長十五メートルほどの金ウサギと銀ギツネ。イヌじゃないからと渋っていたピアニッシモの本気の切り札である。
顎に自信のある銀狐が足場ごとセバスを噛み砕こうとするも、セバスはこれを難なく回避。大人を丸呑み出来るほど巨大な歯形にくり抜かれた足場だけが残る。すかさずもう一度噛み付こうとした銀狐だが、あっさりと頸を斬られる。ただ死んだ訳では無いようで、歯茎を剥き出しにセバスを威嚇する。
銀狐には強力な┠ 威圧 ┨スキルがある。しかし野生の勘が為せるワザなのか、セバスは一度たりとも目を合わせずピアニッシモに迫る。ピアニッシモはそれに予定を狂わされたのか慌てて「うそ……、兎金!!」とウサギを呼び、ウサギの足元に籠城した。兎金はその場に横になるとフワフワの毛並みが一切の攻撃を受け付けなくなった。
銀狐が矛であるならば兎金は盾である。
いくら斬りつけても柔らかい毛並みに攻撃が包まれ無駄だと分かったセバスは目を閉じ戦況分析に入った。
セブンスターは起き上がる気配がない。
ダットリーはガレキの中でおなじく。
パーラメントは珖代に守られている。
ウルゲロは一息で狙える範囲外へ。
ピアニッシモはひとり鉄壁の籠城中。
やむを得ないが彼を狙うしかない。そうしてセバスは珖代と戦う覚悟を決め、現在に至るのであった──。
「セバスさん聞いてください! 結婚は」
「どーせ街の為だとか言うのだろう!? お前はどうしてそーも勝手なのだ! 人の気も、猫の気も考えたことはあるのか!」
「ね、猫……?」
圧倒的に実力差のある二人が現在、拮抗している理由は三つある。一つ、セバスが殺気を連れ立っていない。二つ、珖代が┠ 囲嚇 ┨を常時展開している。三つ、今までとは比べ物にならないほどの経験が珖代の身体に流れてきていたから。流れ込む経験に珖代は、えも言われぬ高揚感を感じ始めていた。
──妙だ。
攻撃を受けてるだけなのに何故か足運びが、呼吸が、力の加減が、手に取るように解る。
たしか、前にもあった。こんなこと。
久々に乗った自転車に違和感なく乗れた時のような──。前から知っていて、別の誰かに憑依したような、そんな感覚が指先から流れ込んできてどう動くのが正解かわかる。
聖剣か? こいつが俺に、懐かしさすら感じる音や色を観せるのか?
一撃を弾く度に知らないはずの思い出が走馬灯のように網膜に焼き付いてく。
嗚呼、香りまでしてきたぞ。
『たるんでるぞ勇者』
──幻聴か? ……いや、視える。もう少しで誰かの感情と繋がれそうな気がする。きっと、もっと、深く潜れば……もっと深く……ふかく……。
意識が聖剣に持っていかれ始める。もうすぐ “そこ” まで見えている何かを求めて、深海に潜るような深い集中力のせいで。
やがて深淵を覗き込んだような瞳で何かを捉えた珖代は、答えを吐き出すように小さく呟いた。
「─────────────────────────────────────────────アリア」
剣が冴えるたび、意識は遠のき乖離する。
「……の! ……こ……だい……珖代殿!!」
「っ! 俺はなにを……」
「気味が悪いぞ珖代殿! ぶつぶつと一人で!」
セバスは戦いの最中、朦朧とする珖代をギリギリの所で呼び戻した。そして意識を取り戻したばかりの男に間髪入れず太刀を浴びせ続ける。
珖代はたいそう疲弊していたが、┠ 威圧 ┨を解き身体に残った “憶え” だけで応戦する。感覚が残っているうちはまだ闘えると信じて。
「やはり抱えすぎだ。一人でなんでも解決しようと企む悪魔……いや、リズニアを叱ったのはお前だろう! そのお前がどうして勝手をする? 薫殿に言われた事をもう忘れたのか? 一人で背負うなかれと」
普段は寝てるか散歩ばかりのセバスでも、同じ平屋に暮らす仲間である以上は知っている。一人でなんでも解決しようとするクセはリズニアだけでは無いし、むしろその強い影響を与えた元凶は彼にあると。
セバスからの問いを珖代は言葉強くかき消す。
「結婚して五賜卿になれば……! 警戒されず魔王の懐に飛び込める。僕なら大丈夫です。だから邪魔しないでくださいセバスさん!」
「飛び込んだその後は? どーせ考えてもいないんだろうどうせ。この愚鈍っ」
セバスは聖剣を飛ばそうと強く叩いたが、珖代は強くグリップを握り耐え切った。おかげで両手の皮はずるむけになる。
「……こんなチャンスは二度と訪れない! 今を逃す訳にはいかない!」
受けに徹していた珖代が自ら詰め寄って聖剣を振り下ろす。
「本当に……頭でっかちだなぁお前は! なぜ考えないッ、その犠牲が誰かを苦しめることを! なぜ分からないッ、お前が始めたことだろう!」
「俺の始めたことだから……! 最後くらい……好き勝手にさせてください」
ボロボロで優しい笑顔をみせる珖代だったが、その言葉はセバスの逆鱗に触れる。
「最後くらいだと……? 馬鹿か貴様、大馬鹿だぞ!!! 最初に人を殺したはお前でっ、償いを決めたのもお前でっ、私を巻き込んだのもお前でっ、リズニアに影響を与えたのもお前で……誰よりも前から何度も何度も何度も何度も好き勝手してきたのはお前だろうがァ!!!」
体力の差ではなく気迫の差で珖代が押され始めている。
「その様子を見るに無自覚か? ぼっちはぼっちでも、人の気持ちが分からないぼっちだったんだな!」
「今それ関係ないだろ!」
お互いの語気が強くなる度に削り合いが増し、歯止めが効かなくなる。ついに剣が顔を掠め合うほどに。
「勝手なことは二度とするな。もう一人で好き勝手できるほど独りじゃないだろお前は!」
「……ッ! 素性や弱点を見つけに行くだけです! 後で幾らでも怒られますから。ユールの事は大丈夫です、最悪の最悪だけど保険はかけてあります! だから今回だけは見逃して──」
「あー! 分かった決めた! 決めたぞ私は! 明日は見送ろうと思ったがヤメだヤメェ! 私も『旅』に連れて行けこの大わからず屋!!」
「は、……い?」
「かなみ殿たちだけでは心配になったと言っているんだぞ! お前の監視は私が……いや、管理する。この私がお前の全てを管理してやる! 朝から晩までトイレにすら一人では行けないと覚悟するんだなぁ!」
剣をしまったセバスが何度も珖代の胸元をつついて詰め寄る。珖代はその勢いと言動が理解出来ずたじたじになって引き下がる。
「……あの、なんですか急に」
「るさい!」
「えぇ……」
「お前が勝手をするなら私も勝手をさせてもらうだけだぞ。勝手をしないと誓えば私も辞めよう。やぁーでも勘違いするなよ? 恋ではないからな! 恋でなき! 絶対に!」
「あはい! はいはい! 分かりました!」
詰められすぎて珖代は両手を上げてもうほぼ降伏していた。
「口を酸っぱく言っておかないと、後々面倒なことになるからなぁ……。私が冒険にお供すると言っているんだから礼のひとつくらい言ったらどうなんだ! あぁ?」
「ありがとう……ございます」
勢いのままに珖代はお礼を言った。既に聖剣はしまっている。交戦する気概はとっくに剥げ落ちてしまった。
「よっし! じゃあ、崩れる前に脱出するぞ。珖代殿」
大暴れしたセバスのおかげで支柱を失い崩壊を待つのみの大洞窟が激しい地響きを起こしている。気付けば二人だけがその場に取り残されていた。




