第百四十話 イザナイダケの秘密②
「アナタ方がイザナイダケと呼ぶそれは、その姿、かたち、特性から、黒蠍と呼ばれ恐れられた対魔族用生物兵器なのです」
「生物⋯⋯兵器⋯⋯?」
聞き間違いであって欲しいと願い、思わず聞き返す。
「冗談だろ⋯⋯?」
「いいえ」
ピシャリと言い切る彼女は、ゆっくりと否定するように首を横に振った。
「ただ自生しているならともかく、この街はイザナイダケを経済発展の道具として利用した。経済の柱と据えてしまった。⋯⋯いえ、その事に関しては街の財政的に強くは咎められませんが。問題は⋯⋯その危険性を知らず、魔族ないし、魔族を陥れようとする者の手に黒蠍が渡る可能性をつくってしまったことです」
鼓動が早くなるのを感じる。
耳の奥でドクンドクンと太鼓を叩くような動脈の音が延々と響く。
「ユールにいた監視員の報告により魔族領までの流通は既のところで食い止めることが出来ました。しかしイザナイダケが悪用される可能性を重く見た御方は、ユールにいた五賜卿に任務を与えた。その内容そこ黒蠍の根絶。予定通りには行きませんでしたがそれでも」
「ま、待ってくれ⋯⋯!」
矢継ぎ早にくる説明に脳が処理しきれなくなり、俺は一旦パーラメントの話をストップさせた。
「監視員がいた⋯⋯? それじゃ、お前たちが来るより前から、俺たちはずっと監視されてたのか?」
「どーなんでしょう。ねえウルゲロさん」
「ひゃっひゃっひゃ⋯⋯。いやはや、ここら一体を知り尽くす商人さんにはバレてしまいましたかぁあ」
壊れた家屋の暗がりから突如、男が現れた。男は手に三蔵法師が持っているような錫杖を持ち、シャンシャンと鳴らしながらゆっくり近付いてくる。
「お初にお目にかかりますぅう。パーラメント様、コーダイ様。ウルゲロ・ダーシリンダと申します」
背が曲がりに曲って小さくなった男が口元のシワを伸ばすように不気味に笑い自己紹介をした。
「ウルゲロさん。アナタが何の監視員なのか教えてくださいます?」
「ワシはこの街の立派な監視員であぁり、黒蠍の監視員であぁり、そして、五賜卿が逃げ出さないための監視者でもあぁります。その意味、お分かりですね? パーラメント様」
「五賜卿にすら面会しなかったのはそれが理由ですか。なるほど理解しました」
「コーダイ様もこれで納得して頂けましたかぁな? ひゃっひゃっひゃっ」
こうして話すのは恐らく初めてだ。ただ、その声と名前には妙に聞き覚えがある。
「あんたどっかで⋯⋯、そうだ会ってるはずだ! 知ってるぞその名前!」
「はて?」
「ほらっ、代表者として会議に出てただろ! あんたも!」
「ああぃ、緊急作戦会議の時ですか。そう言えば会っていましたねぇえ。【織物商会ユール代表】ウルゲロとして。ひゃっひゃっひゃっ」
上座から下座まで、アルデンテを倒すために総勢十余名の代表者が集まった五賜卿撃退緊急作戦会議。俺と同じくその下座に座っていた男こそ、そこにいるウルゲロだ。
──仮にもユールを代表するものがなぜ?
「裏切った⋯⋯? おまえが五賜卿を呼んだのか!? 答えろッウルゲロッ!」
シャン──。
「まあそう。落ち着きなされ」
「!?」
錫杖が地面についた瞬間、ウルゲロの姿が予備動作もなしに消えた。そして、舐め腐ったようなその声がして振り返る。ヤツは真後ろにいた。
「裏切ったのではなく最初からにてございまぁすよ。ひゃっひゃっひゃっ」
聖剣は手元にはない。代わりに、腰に回したホルスターに収まるオノを掴み臨戦態勢に入る。すると、四つ目の声が洞窟に響いてきた。
「てめぇ、余計なことはするなと言ったはずだぞウルゲロ」
「師匠! どうしてここに?」
最下層にワイルドダンディな師匠が現れた。聞くところによるとダットリー師匠は、街を密かに離れる俺を心配し後をつけていた所、不審な動きをするウルゲロを目撃し拘束。しかし錫杖で逃げられ今に至るらしい。
「悪いなこうだい。コイツはオレがなんとかする」
「しかぁあしぃまぁ、元はと言えばアナタの所為でしょうに。コーダイ様」
「何がだ」
アルデンテの笑顔に下品さを足したような笑い方をウルゲロはしてくる。
「知っているんですよぉお。イザナイダケを売って儲けようと最初に画策したのは、アナタだってことくらいねぇえ。ひゃっひゃっひゃっ⋯⋯」
「通りで先程から呼吸を乱しておいでで。わかり易い方だこと」
「ひゃっひゃっひゃっ」
「フフフフフ」
悪意がこびり付いたような醜い笑顔が二つ同時に俺に向けられる。
「違うっ! そんなはず……あれは生物兵器なんかじゃない! 幻覚作用は多少あれど、火を通せばカンタンに中和されるようなもので──」
「火を通さず使われる可能性は考慮しなかったと?」
「えっ⋯⋯」
──火を通さないで使う⋯⋯?
この女は何を言ってるんだ⋯⋯そうしなきゃだって食べられたモノじゃないだろ。
「食べる時は絶対加熱が必要だ。じゃないと──」
「食べる以外の用途を考えなかったんですねぇえ」
ウルゲロに言われて少しハッとした。
イザナイダケは食用として販売しているが、たしか加熱処理乾燥処理的なことは一切行っていない。買い手の食卓に並ぶことを信じ、ただ売っているだけ。最初からそれ以外の用途なんて想定していないことを。
パーラメントが口を開く。
「感じ方には個人差があるのでしょう。しかし幻覚、幻聴、中毒性といった主な症状は魔族にとってそれはニンゲンの感じるものの五〇〇倍と言われています」
「ごッ⋯⋯」
想像を超えまくった。
言葉が詰まる。
ニンゲンですら生食は腹を壊すのに。
その五百倍だなんて。
「こうだい。ハッタリの可能性もある。あまり──」
「感度や快楽物質は三〇〇倍。凶暴性が増し攻撃的になる者も多く、最後には誰でも簡単に廃人になれる。ワタクシたちにとって黒蠍の生息地が如何に大事か、お分かりいただけましたか?」
理解は出来る。
ただ、認めたくない。
このままじゃ、五賜卿がユールを襲ったのも全て俺のせいのようで⋯⋯。
更に動悸が激しくなる。
「だ、だったら、加熱処理でもして販売すれば⋯⋯」
「仮に毒性を五分の一に軽減出来たとしても、アナタ方の一〇〇倍苦しむ」
「⋯⋯ッ!」
彼女の冷たい視線から、俺は逸らすことしか出来なかった。
今度はウルゲロが口を開く。
「黒蠍を奪い合うためだけに国が崩壊し、どれだけ無駄な血が魔族に流れたことか⋯⋯。内々で瓦解した所を突くようにニンゲンが攻めてきて大戦にまで発展したことは、昨日のことのように覚えおりますとぉおも」
老人は昔を憂うように語った。
想像はだいたいつく。詳しくはないがアヘン戦争も阿片という麻薬を利用したイギリスと中国の戦いだったはず。同じような非道な歴史がこの世界にもあったのだろう。
「ワシはここ十年、監視だけを任されておりました。しかしここ一、二年で状況は悪化し、これ以上の放置は危険だと判断したのです」
「だからって街を襲う必要があったのか?」
思いついた疑問をぶつける。
「ヒト対魔の戦争を回避する為なら、小さな田舎街の犠牲くらい安いものですからねぇえ」
「そんなに危険だったらどうして見つけた時にすぐ潰さなかった? どうして今なんだ!」
「魔王傘下も一枚岩ではありません。派閥争いの最後の切り札として⋯⋯まぁ保険でぇすね」
「てめぇらも利用しようとしてた訳か。フッ、同じじゃねぇーか。オレらニンゲンと」
師匠がそう言って嘲笑う。
「最初から俺たちに話してくれれば最小限の被害に抑えることだって出来たハズだ。⋯⋯お互いに!」
「それは無理ですねぇえ。かなみ殿にだけは気付かれる訳にいきませんでしたから。あの少女だけは “ガチ” ですから」
俺のことだけでなく、かなみちゃんの実力まで知っているとは。
かなみちゃんがイザナイダケの本当の価値を知ってしまえばそれこそ魔族の為にならないと思ったようだ。となるとどっち道、五賜卿とのバトルは避けられなかったのだろう。
そう思うことにする。
──じゃないと俺は、自分の罪に押し潰されそうだ。いや、もう足取りが重い。今も泥の中にいるみたいだ。
「何人死んだ⋯⋯? 俺がきっかけで何人⋯⋯」
「十数人の犠牲で抑えたんだ。むしろ、誇るべきじゃん? ま、その低姿勢は王物の予感がして好きだけど」
新しい声──。
見上げたひとつ上の階層に誰かがいる。陰に隠れてはっきりと見えないがおそらく二人いる。
「誰だ」
師匠が聞いた。
「五賜卿【王者の卿】セブンスター」
「同じく【狗の卿】ピアニッシモ」
彼らは坂を下って降りてきた。
近付くにつれ月明かりに全貌が照らされる。
髪をあげた銀メッシュの男と、JSファッションのピンクツインテール。
間違いない──。
かなみちゃんが言っていたもう二人の五賜卿の特徴と一致する。彼らは正真正銘の五賜卿だ。
「なんのようです? 二人揃って」
俺が聞こうとしたことを意外にもパーラメントが聞き出した。とどのつまり計画して集まった訳じゃなさそうだ。
「ラッキーちゃんを封印して助けて、でもって気に入られちゃう男がどんなヤツなのか、見に来ちゃった♡」
「てめぇらこそ、こんな所でなにしてんの? パーラメント」
銀メッシュの言い方にはトゲトゲしさを感じた。理由は分からない。でも圧は感じない。
「ワタクシの目的は勧誘です」
「へー、誰を」
「珖代様を五賜卿にです」
「えわ、ちょっ、おま⋯⋯おいおい、自分が何言ってるか、おわかり?」
セブンスターがあそこまで激しく動揺してる理由が分からず口を開けて見ていると、ウルゲロがにっこりコチラを見ながら口を開いた。
「パーラメント様は今、アナタと、夫婦になりたいそうです」
「⋯⋯へ?」
話がおかしな方向に進んでいく。




