第百三十八話 アルデンテの解放Final
「あれ? おっかしいな……」
二人の保安兵が不思議そうに頭を掻きながら祠の前で足を止めると三人目の足音が近付いてきた。
「どうした、壁なんか見つめて」
「いやな、今しがた祠が開いていたが気がして……」
「それに、中にヒトがいて目が合ったんだ……」
「目が合った? 何言ってんだ。開いてないだろ祠なんて」
「だよな……」
「それより廃城付近でヒト影を見たらしい。合流に向かうぞ」
三人の走る足音が段々と遠ざかっていくのを聴いてしばらくしてから手元のスイッチを押すと、祠のトビラがゴゴゴと音を立てながらゆっくりと上に開きはじめた。
「う、うう……う、ぅ……」
「寒そうだネ」
両肩を擦りながら歯をガチガチと鳴らす俺を見てアルデンテは笑いもせず冷静にそう分析した。
「寒くないのかよ! オマエ」
「さっきのって┠ 時嚇 ┨だよネ?」
「きけよ! ……┠ 威圧 ┨に時間系派生スキルを交ぜたんだ。さっきのヒトたちは自分が止められたことすら覚えちゃいねーよ」
入り口を塞いだ二人の保安兵に«時間»派生の┠ 威圧 ┨を掛け、その間に俺は内側から祠を閉じて彼らが立ち去るのを待った。彼らからすれば目が合った瞬間に祠が閉じ切っているのだから当然混乱する。気のせいではないのだ。咄嗟の思いつきにしては上手くいったほうだと思う。
廃城付近のヒト影の正体はおそらくダットリー師匠とセバスさん。俺たちが逃げやすいようにわざと囮を買って出てくれたのだろう。感謝しないとな。
「よし、誰もいなっ……」
アルデンテから目を逸らし左右を意識したその途端、カラダの中心、おもに下腹部からアタマにまで突き上げるような大噴火が起きた。これはあれだ、蹴り上げられたのだ。玉を。
「……おっっっっぅうっっ!! にう!!」
「火だるまになったヒトみたいっ」と笑うヤツの声を聞きながら、俺は内股気味で地面を右へ左へ転がった。痛みが引いてきた頃には飽きたのか冷ややかな目を向けて押し黙る。
「て、てめぇ⋯⋯」
「どーか死なないでキクミネコウダイ。ボクがあと二回勝つまで。どーか」
二回。三回でなく二回。
どうやら今のが一つ目の勝利とカウントするらしい。たしかに敗北感はあるし正直死んだかと思った。けど、
「これで一勝はねーよ……」
「辛いなら助けを呼ぼうか? さっき追っ払った彼らをサ」
「クソ狐……」
「アハハ。じゃあまたネ」
「二度と会うかァ!!」
アルデンテは別れを告げてすぐに姿をくらました。
俺はしばらく森の中で悶えてから師匠の元へと向かい、何事も無かったように無事復活したユイリーちゃんと再会した。
五賜卿ラッキーストライクの封印を解き、あまつさえ逃がしたことは世界にとって大きな損失だろう。ただそれでも姉弟子の笑顔を見た瞬間、それについて思い悩むことはもう辞めにした。
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部屋までやって来たユイリーちゃんは俺の持つ破れたページに気付いて問い質してきた。
「……それはもう読まれたんですか?」
顎を引いて頷く。心して読んだことを。
「ここに書いてあることは全部本当なんだね」
「ワタシはそう信じています」
「席を外そうか?」
師匠は空気を読んで部屋から出ようとする。
『──ヤツにはストライクライトという権限がある。魂を器に換える能力だ。最悪……いや、まず間違いなく俺たち二人が助かる道はない。だからこの能力を頼りにアルデンテに接近する。珖代にこの事を言ったら、手伝ってはくれないだろうな、、、とにかく、そうなった時は俺の分まで生きてくれユイリー』
「いえ、むしろ聞いてほしいです」
ユイリーちゃんは真剣な眼差しで退出する師匠を止めた。聞く側も覚悟がいるほどの内容だが、弟子の頼みときいて師匠は耳を傾けた。
「紛失してしまった日記の分まで私の口から説明させてください」
『俺は今、五賜卿のピースをやっている。里を出る前にスカウトされたんだ』そう本人が書き残したとされるページが紛失したと少女は語る。いつごろ紛失したのか本人もよく覚えていないそうだが、ユイリーちゃん曰くあったことは確かだと記憶しているのだとか。
記憶をイジる能力者との記憶が果たしてどこまでホンモノなのかは疑ってしまうことにあるが、それが確かなら姉の正体がピースであることは確定する。そもそもここにある切れ端の文脈から五賜卿をカミングアウトしたことは察せられる。
『ダットリーの記憶を支障が出ない程度にいじった』と書いてあるくらいだし。
なぜ師匠の記憶をイジったのか。理由は分からないがどの部分かはちゃんと書いてあった。
師匠は以前、俺と勇者の前で自らの過去について語ってくれた事がある。その際ユイリーちゃんの実の母親、ナナエラ・シュチュエートとは旅をするほどの仲であることを教えてくれたのだ。しかし記憶の改竄はそこだと書かれている。
ここからは俺の憶測でしかないが、師匠には仲のいい女性が確かに存在していた──。しかしその女性はユイリーちゃんの母親とは全く無関係な人物で、その人に無理矢理成り代わり記憶に入り込むことで、ユイリーちゃんを赤の他人とは思わせないように仕向けたのではないだろうか。
ダットリー師匠をターゲットに指名した目的については切れ端でユイリーちゃんが質問しており、それに対する回答は
『ユールいちの実力者。おまけに裏も表も顔が効く。味方に付ければいっこデカい戦力になると踏んだ。日本語を知ってたり珖代が弟弟子になったのは単なる偶然だけどな』
だった。
その偶然があってくれたからこそ今は日記を読めているワケだが、本当に偶然かどうかはユキのみぞ知るって感じだ。
「魔族のオマエさんが少しでもヒトの国で生きやすいようにオレの記憶がイジられたってワケか。そのデカい帽子も魔族のツノを隠すため……。妹想いのよく出来た姉だこったな」
要約すると確かにそうだが、師匠の言い方には少しトゲがある。当然、ユイリーちゃんは負い目を感じ俯いてしまった。
「申し訳ありません。師匠の大切な記憶をワタシのせいで……」
「いや、なに、オマエさんが謝ることじゃないさ。ピースの改竄も永遠では無いハズだ。いずれ取り戻せるさ」
言い方が悪かったと気付いたのか師匠はバツが悪そうに咳払いをした後、希望を語りユイリーちゃんの頭を優しく撫でた。
『──でかしたぞユイリー。かなみちゃんからよく封印解除の方法を聞き出した。これで祠の場所も、結界も、ツボも突破できる。ようやくアルデンテを解放できる』
『これで珖代さんを巻き込む必要はなくなったでしょ?』
『いや、そういうわけにはいかない。復活は手伝わせる。アルデンテを逃がしたという負い目を負わせて手篭めにするんだ。魔族のこと、ずっと隠す訳にはいかないだろう? ワケ知りの協力者が必要だ。ヒトと魔族を繋ぐパイプ役にアイツならなってくれる。きっと』
『もう関係ない誰かの記憶の改竄はしないって約束してくれる?』
『しない。そのための手篭め化計画だ』
「仮にもし、記憶が戻らなかったとしても、オレたちが終わる訳じゃない」
師匠はそう言うと、俺とユイリーちゃんを交互に見て珍しく緩みきった表情をみせた。
「オレたちは偽りの記憶をキッカケに結び付いた歪な師弟関係なのかもしれない……。でもこの一年半、共に過してきた時間だけは誰にも邪魔できない真実だ」
師匠は俺たちの背中から肩に手を回すと、そっと抱き寄せた。
「こんなろくでもない世捨て人を、不器用な男を、師匠と仰いでくれてありがとう。この関係だけは本物だよ」
優しい声と温もりに包まれて心の芯まで暖かくなる。
つい最近、手に乗せて触れたあの魂と同じ温度が師匠から伝わってくる。
そうだ。
つまりはこれは〝愛情〟なんだ。
「うう、うぅ……う……」
気付けば、二人揃って膝から崩れ落ち師匠の胸を借りて泣いていた。
たぶん、ずっと怖かったのだ。
何を信じていいか疑ってばかりで。
だから、ずっと待っていたのだ。
明確な言葉。満たしてくれる愛情を。
自分の記憶も信じられないこの状況の中で、確かにあった真実──。手繰り寄せるように三人は強く抱き合い、不安が涙と共に流れてく。
『──ユイリーを助けるために。珖代を味方にするために。そして、アイツの五賜卿化を阻止するために。アルデンテには生きててもらわなきゃいけない。だから解放する。俺は俺の全存在を懸けて、アルデンテを解放する』
結局、彼女はユキなのか。
ユキを名乗る別人なのか。
日記では俺には分からなかった。
でも、確かなモノは手に入った。
だから信じてみようと思う。
ピースの魂に感じた愛情もホンモノだってことを。




