第百三十七話 アルデンテの解放⑪
「不利改変」
その、神々しくも何処か冷たい光と、唱えた言ノ葉の妙な重苦しさに息を呑んだ瞬間、暖かい一陣の風が吹いた。隣りに落ちていたもう一つの魂が強い光りに呼応するかのように風に乗って彼女の元へと吸い込まれる。
「アルデ……」
アルデンテは表情険しく何かと葛藤しているようで、とても声を掛けられる様子ではなかった。
「ボクにだって……オリジナルの再現……いや。超えるかナ……」
彼の額に汗が滲み始めた頃、全てが止んだ──。
時でも止まるみたいだった。
「終わったよー」
宿題を終わらせた子供みたく軽口で告げる妖狐。横で眠る彼女に異変が起きたのはその直後のことだった。
「え、ツノが」
彼女にとって良くも悪くも魔族の証明であるヒツジのような巻角が、生え替わる時期を迎えたように突然コロンっと抜け落ちた。するとアルデンテが得意げに言う。
「これはオマケっ。でもヒトになったワケじゃないから気をつけるように言っといてネ」
ユイリーちゃんは今まで魔族バレを気にして角を隠していたみたいだが、これからは気にしなくてイイという彼なりの配慮──なのだろうか。
アルデンテにそんな一面が?
「ナニをそんなに驚いてるのサ」
「勘ぐるだろ普通。お前のことだからウラがあるんじゃないかって」
「マジメな話……ボクはキミに二度も助けられた」
いつもの茶化す感じではなく、アルデンテは真剣な眼差しをコチラに向けていた。意外な一面が立て続けに起こって、俺は戸惑いを隠せない。
「暴走を止めてくれた時と祠の解放の二度、キミに助けられた。ストライクライトは暴走の時の借り。ツノと諸々の強化は今回の借りだ。それと、当分はヒトを殺すのもやめると誓うよ。卿の活動も極力控えるし他の賜卿がこの街を襲わないようにできるだけ手も回す。出来だけネ。ま、一年持つかも保証しかねるけど」
意外に次ぐ意外な行動の次は、コチラに有利な好条件の連発。やはり怪しすぎる。
──なにか企んでるのか?
こいつは腹を探る必要がありそうだ。
「なんだ、必要以上に返さなきゃ気が済まないタチか? それとも、適当なこと言って誤魔化してるのか……。悪いが、後者なら俺は許さないしこの子が意識を取り戻すまでお前を信じるつもりはねえからな。ウソだった時は、力づくでもぶっ止めてやる!」
成長したアルデンテに聖剣を向けて牽制する。本当は今すぐ彼女を運び出し安全な場所でセバスさんに診てもらいたいのだが、五賜卿の放置はあまりにも危険。ユイリーちゃんが意識を取り戻し、なおかつ本人である事が確認できるまではどんな事があっても絶対に逃がす訳にはいかないのだ。
「アレレ、信じて欲しくてやったけど逆効果だったかナ。んー、なら答えてあげようか? イイよ訊いてみなよ」
「……質問しろと?」
剣はそのまま、目線を変えて少し考える。
──笑顔も殺気もなし……。ユイリーちゃんが目覚めるまでなら、まあ問題ないか。
「他の賜卿のコトデモいいし、なんでもゴザれだ」
「⋯⋯バウ!」
そう言われると何から聞こうか悩んでしまうが、背後からセバスさんの鳴き声が聞こえた。セバスさんは元ニンゲンのセントバーナード。
そうだ、確か犬になった理由は──、
「ヒトを犬に変える五賜卿について教えて欲しい」
「イヌ? あ〜イヌか。【狗の卿】ネ。ピアニッシモのことだ」
「ピアニッシモ……」
まんまだし覚えやすい名前で助かった。確か、かなみちゃんが言っていた原宿系 (?)女子がそんな名前だった気がする。
【狗の卿】とは随分局所的なリーダーだな。
「ヒトを愛玩動物に変幻させて周りに置きたがるよアイツ。イヌはイヌでも何に変化するかはランダムみたいで、彼女は “小さい” を好む。大型のペットに変化した場合は平気で野に捨てるらしい。大きいのは可愛くないンだってさ。変わってるよネ」
自分の変人ぷりを棚上げして元少年は男らしくなく煌びやかに笑う。少し笑顔に魅せられたのが悔しいが、とりあえずセバスさんが今の姿のまま殺されもせず放置されている理由が分かって一安心だ。
「どうすれば元に戻せる」
「変幻後、四十二時間以内に彼女を気絶させる。かァもしくは、なんでも言うことを聞いて任意で戻してもらう。それ以外に方法はないヨ。殺すのも悲しいけどダメだ」
また一ついい事を聞いた。元に戻す手段がまだあるなら幾らでもやりようはある。今後のために攻略法も色々と聞いておきたいが──、
「五賜卿たちの能力が聞きたい」
この際だから聞けるだけ全員の話を聞いておく。
「誰のがいい? ラッキーストライク? パーラメント? ピー……スは言ったネ。セブンスター?」
──かなり乗り気だ。本当になんでも答えるつもりなのか? これはこれでまたとないチャンスなんじゃ……。
「権限級が使える奴は」
「そんなの全員使えるヨ。ピアニッシモなら懐柔改変。パーラメントなら交渉改変。幸運改変王者改変愛情改変。あとは表裏改変」
「メビウス?」
「……あ、……う……」
「ッ! ユイリーちゃん……!? ユイリーちゃんっ!」
余裕を持って質問を催促するアルデンテと、とにかく沢山聞き出したい俺の利害は一致していたが、ユイリーちゃんが目を覚ましたとあればそれは後だ。瞼を震わす彼女を最優先で抱き寄せる。
同時に┠ 威圧 ┨の解けた師匠とセバスさんが駆け付けた。
「珖、代……さん……?」
「ユイリーちゃん? 本当にユイリーちゃんなんだね」
「えっ、と……はい。たぶん、私です……いえーい……」
ユイリーちゃんは指でキツネを表現するイカした肉体言語を作った。ちょっと前の黒歴史を思い出すがこれは彼女がユイリーちゃんである事の証明に……なると思う。俺もキツネの肉体応答で返す。
「……。」
「ユイリーちゃん?」
ユイリーちゃんは力尽きるように目を閉じ、手を下ろした。
「気を失ったみたいだネ」
「バウゥゥウ!」
セバスさんが珍しく唸っている。歯茎をむきだしにしてアルデンテに威嚇をしている。
「師匠、お願いしていいですか」
再び意識の落ちた彼女をダットリー師匠に預ける。師匠は去り際に振り返り俺とその先の男を見た。
「さっきの騒ぎで誰かここに来るかもしれない。あまり時間を掛けるなよ」
「はい!」
師匠の後を付けるようにセバスさんも祠を出る。心配そうに何度も振り返るので強く顎を引いて大丈夫だと伝えてみせた。
さて、時間も無いことだし次の質問を考える。
「あー、言い忘れてことがあるよキクミネコ」
「喜久嶺だ」
「ミネダ。ボクには許せないことがひとつだけある」
「きくみっ……なんだ、負けたことか?」
「アハハ、少し違うヨ。オマエに負けたコトだ」
その瞬間、アルデンテの目付きが鋭い物に変化した。圧を感じる。肌をビリビリと突き刺す圧。こんな狭い場所で殺り合おうと言うのだろうか。聖剣の間合いがある分コチラが有利だが、振り回せないので近付かれれば逆に不利。寒さと緊張感で手が震える。
「街もヒトも襲わないが俺は見逃さない……と?」
「そうだとも。でもでも、ただ勝つだけじゃァもう満たされない。ボクは二度キミに助けられていると同時に、二度敗北している。だから──」
殺気は感じない。なのに喉を唾が通らない。ここで殺り合うつもりでは無いハズなのにだ。
「だからね、勝ち越す。キミに三回勝って勝ち越すことにしたんだ」
「は?」
しばらく理解が出来なかったが、殺り合う意思が無いことを理解してとりあえず矛を下ろす。
「ここでは殺さないヨ。負けたら負けた分だけ勝ち越さないとボクの流儀に反する。ただそれだけだからネ」
「具体的にどうやるんだ」
「それはこれから考える。キミが敗北を自覚するくらいの衝撃をいくつと用意するさ。長期計画になるだろうねェ。まあ楽しみにしててヨ」
よかった。俺の本能は正常に作動していたようだ。今は殺さないという言質が取れて少し安堵した。警戒をもう少し下げる。
「いつも楽しむことばかりだな。お前は」
「愉快不愉快の価値基準。長く生きてればそればっかり考えルものさ」
「祠だ! 祠を調べろー!」
外の音が反響して良く聞こえる。足音と、祠を探す声。複数。
「チッ、もう来たか」
人数と統率力から察するにおそらく二人以上の保安兵だ。今すぐにでも逃げなければきっと見つかる。解放した事がバレるのはなんとしても避けたい。
「アルデンテ! 最後にきかせろ。ユイリーちゃんに施した強化ってのはなんだ!」
「あー、そうだなァ、うーんと……」
「早くしろ!」
「不死身。ほぼ不死身」
自信満々にそういうアルデンテと同時に保安兵が入り口を塞いだ。
「ねェ、逆にボクから質問イイ? ミネダはさ、ボクを解放すること、もしかしてナイショにしてやってない?」
「時間がなかったんだ」
「じゃあさァー……マズイよねバレたら」
アルデンテの口角がより上がった。
「お前っ、何する気だ!」
「ボクは何もしないヨ。キミは? キミはこの状況をどう乗り越えるんだイ?」
もはや美しさの欠けらも無いゲスな笑顔だった。




