第百三十六話 アルデンテの解放⑩
前回までのあらすじ。
ラッキーストライクことグレイプ・アルデンテは珖代の前に二つの魂を並べました。
片方はユイリー・シュチュエート。
もう片方は五賜卿ピース。
どちらがどちらかわからないまま珖代はどちらかを選ぶ。
「こうだい」
暖色系の明かりがうっすら灯る小さな部屋に俺を呼ぶ声がした。
「師匠……? どうしたんですかわざわざ、俺の部屋まで」
ダットリー師匠は相も変わらずハードボイルドで、開いているドアをノックし寄りかかりながら訊ねてきた。
「最後の夜なんだろう? 宴に出ろとは言わないが、挨拶は済ませたのか」
「はい……」
明日──、
俺はユールを旅立つ。
一、二週間家を空ける小さな旅はこれまでも何度かあった。しかし当分の間そう簡単には帰って来れない目的地まで旅をすることになったのだ。ヒトによっては突然の事で驚かれたりもしたが、そもそも異世界に来た最初の目的を思えば、旅に出る行為自体、むしろ遅すぎると言えた。
この世界にやって来た目的でありその最大の理由──『トラック事故による行方不明者の捜索と罪滅ぼし』は俺が人生を懸けて成し遂げるべき目標である。そのために二度目の人生を始めたと言っても過言ではないので。
先日、(レイザらス諜報部の助けもあり)行方不明者二名の所在が判明した。
一人目の名は和郷ミチヤ。マスターママのバーで酒を酌み交わしながらレイに聞いた情報によると、隣国の小さな街を武力で治め、多くの子分を引き連れているたいそうな親分に成り上がっているらしく、物騒な噂が後を絶たないという。
どんな噂にせよ名を広め、俺の耳にまで届いたことは僥倖だったと思おう。
二人目の名は岡百恵。日本では修道女として活動されていた百恵さんは、こちらの世界でも自らをシスターモモと名乗り貧しい村や地域で救済活動を行いながら旅を続け、和郷とは真逆の人間性で世に名を広めた人物とされている。
しかし神聖大国での目撃情報を最後に、以降半年間彼女の行方が分かっていないそうだ。また、レイは情報としての信憑性も低いことを教えてくれた。だから優先順位は和郷からと決めた。
最初はひとりで会いに行くつもりだった。しかし薫さんに、
「珖代さんに過失がなかったとはいいきれません。しかしあれは、元を正せば転生転移システムの致命的な欠陥による事故です。独りで解決しようとするのも全ての罪を背負おうとするのもそもそもの間違いです。責任の一端、そのひと欠片は私たちが勝手に背負いますから、親子共々末永くよろしくお願いしますね」
と言われた。そこまで言わせてしまった不甲斐なさから俺は涙し独りで行くことを諦めた。
──そういえば、「私にはひとりで勝手な事するなって言うクセにー」って女神さんにも怒られたっけな。
次はいつユールに帰って来れるかは分からない。故に最後の夜なのだが、五賜卿討伐祝賀会と壁の完成と俺たちの送別会を同時にやってしまおうという計画が街ぐるみで進行し、今に至る。
挨拶を済ませたのかという問いに俺は答える。
「お世話になったヒト達には概ね済ませてありますが、キリがなくて全員はまだ……」
「腐れ縁のバカ共には早めに挨拶しておけ。でないときっと、いや確実に酔った連中がこの部屋に押し寄せることになるぞ……」
師匠は脅す感じではなくやや呆れと苦悶半々の表情で言った。腐れ縁のバカ共とはおそらく荒くれ者の冒険者ことだ。
「面倒ですね……それは」
行けば酒臭さおじさんたちのダル絡みは必至だが、それも当分おあずけとなれば行ってやらないこともない。酩酊状態で突撃されても薫さんたちに迷惑なので挨拶に行く。決して今後寂しくなるからと云う訳では無いのだ。決して。
「なんだ。まだ荷造りも終わってなかったか」
「今あるものは置いていくつもりなので良かったら好きなだけ持ってってください」
本や照明、割れたサングラスなど品物が多く残っていることに気付いて師匠は手を伸ばす。確かに思ったより片付かなかったが、必要な準備はあらかた終わっているので今この部屋に残っているモノは基本フリーで貸出中だ。
「ユイリーの帽子の中にこんなモノが入っていた」
師匠は手に取った本をおもむろに本棚に戻すと、近付いてきてポケットから数枚の紙切れを渡してきた。どうやら最初からこれを渡すためにやって来たようだ。
「日記の……ページ!」
「読んでもいいそうだ」
これは彼女たちの交換日記──。のどうやら、切り取られて読めなかった欠落部分のようだ。ここにあるのが全部かどうか分からないが、彼女らが意図的に切り取るだけの何か重要な情報が書かれている事だけはまず間違いない。
師匠に読んだのかを訊ねると、読めなくはなかったが日本語ばかりで読む気をなくしたと語った。俺たちでいうところの英字、漢字のみの新聞を読む感覚に近そうだ。だとしたら確かに読みづらいだろう。
さっそく日記の断片に目を通してみると、知りたいこと知らなくていいこと、色んな情景が飛び込んでくる感覚に平衡感覚を奪われた。端的に言って衝撃を受けたのだ。
「珖代さーん! あれ? 師匠もこちらにいらっしゃいましたか」
しばらくそれを読んで放心状態だった俺を鈴の鳴るような声が引き戻した。
「冒険者の皆さんに呼んでこいって頼まれて来たんですが……」
天使のような困り顔で、ユイリーちゃんが迎えに来たのだ。
俺が選び取った “恋を知る” 魂だ。
━━
━━━━━
━━━━━━━━━━━━━━
二週間前。
── 封印の祠 ──
「手に取ってみるといい。何か感じられるハズだから」
切れ長の眼。精悍な顔立ち。
骨格はハッキリ男らしく、キレイな喉仏がクッキリ見えるようになったアルデンテに言われるがまま、交互に魂を手に掬い確かめてみる。掬うというか乗っけるというか、両手の上に少し浮かばせてみる。
「どちらも、温かくて暖かい。好意的というか……〝情〟のような何かを感じる」
どちらかは絶対に五賜卿の魂の筈なのに、どちらもまるで俺を否定してこない。『好きにしてくれ』と言わんばかりにコチラを見上げてふわふわと揺れている。これではどっちがどっちの魂なのか見抜く事ができない。
「愛の卿最大のデメリットを知っているかイ?」
俺の悩みを見抜いたのかアルデンテが助言じみた言葉を邪な目線で寄越す。
「それはねェ、騙した相手をホンキで愛してしまうことだ。アイだよ愛。キミの感じた情は偽りのない〝愛情〟というヤツさ」
「愛……そうか、これが。こんなにハッキリと暖かいのか愛情って……」
騙した相手を愛すなんて馬鹿げているのに、不思議と納得した。多分、その重さを両手にずっしりと感じ取れたからだ。俺はそっと自分の胸に二つの魂をギュッと抱き寄せた。
でも、触れるよりもずっと前からピースの愛情が本物であることを俺は知っていた気がする。
いや、知っている──。
それは転生前記憶と切り離して考えて。
【インドラの矢】で俺の進むべき道を切り開いてくれたり、勇者がユールに戻って来ている情報を教えてくれたり、本気になって斉藤の正体を暴いてくれたりと、五賜卿全体にとっていずれ不利益を被るであろう結果を、彼女は平気で受け入れた。他でもない俺の為に。それこそ愛でないなら説明出来ない行動だった。故に俺は愛されていたのだと、今頃になってハッキリ自覚した。
「これじゃますます……」
選べない──。そう言いかけて床に魂を下ろした矢先、右の魂が離れたくないとすり近寄ってきた。もう一度手を近づけると、前後も分からないがスーッと手のひらに乗って揺れる。対して左の魂は一歩引くように離れて見守っていた。
「決めた。この魂を器にしてくれ」
俺は立ち上がり、手に乗るその魂をアルデンテに向けて突き出した。
「んー、ワケを聞こうカ」
「勘だ。……勘だけど、どっちを選んでもきっと後悔するから。だから俺は、俺を信じるこの魂を信じてみようと思う」
"敵を愛するという性質" ──。そんな苦しくも恐ろしいデメリットを抱えていた彼女の精神状態は、想像出来ないほどズタボロだったに違いない。だからこそピースは、誰よりも恐ろしい五賜卿だった。敵としてはもちろん、自分でなるのも願い下げなほどに。
「一度魂の形を失えば元には戻せない。イイんだね?」
「それで構わない」
「アハ。正解だ」
彼は魂を受け取ってスグそう言ってニヤケた。まるで最初から何かを知っていたように。
「……正解?」
「コレ、ピースの魂」
アルデンテはグリップを確かめるように魂を握り込む。
「お前っ、もしかしてっ……! 俺を試して?」
「アハハハハ。まァいいじゃないカ。正解を引き当てたんだし」
カラカラ空回る笑い声にコノヤロウ──と言ってやりたかったが、今さら気分を損なってもらっても困るので歯を食いしばり耐えた。
「キクミネコウダイって言うの? キミ」
「そうだが……名乗ったか?」
「まァ屍がね。それじゃ始めようか」
関係ない話をスグに切り上げると、アルデンテは魂を離さぬように握り込んだまま裏ピースのジェスチャーを俺に見せつける。そしてその手のまま彼女の傷口に魂を乗せた。
「不利改変」
刹那──。
彼女を中心に辺りが一気に白み始める。
1ヶ月半も遅れて申し訳ありません。
(U・ω・U)ユルシテワン




